絶対特権|ジュンひよ
※年齢操作 アラサーぐらい
※モブ視点
私の名前は××。巴財団と懇意にしているイギリスの貴族の末裔のようなものだ。
貴族制度が廃れて久しく、今はそう名乗りはするぐらいで過去ほどの階級社会に対する拘りも傲りもない。
日和さんとは祖父の時代から家族ぐるみで仲が良かった。巴財団が斜陽を迎えた時でもそれは変わらなかった。学校でいうと姉妹校みたいな関係だろうか──学生時代は夏の休みには日本の巴家に遊びに行ったり、また向こうの家族がイギリスの私の家まで遊びにきたりしていた。
日和さんは私より年下で、でも歳はそんなに離れていないからよく話した。彼は子どものころからすでに英語が堪能で会話も十分にできたし、私が女で、兄がおり、後継ぎではないという共通点から、話しかけやすかったのかも知れない。
私は元々日本の文化に興味があってずっと日本語を学んでおり、日本語でも喋ることができた。華道や紅茶など共通の趣味も多かったから、私たちは異性ではかなり、仲のよい友人だったと思う。
そんな彼と続けていた文通がばたりと悶えたのは彼が高校二年生の時だった。fine、というユニットてアイドルをやっているらしい、それが楽しい、と手紙をもらってからのことだったから、最初は活動が軌道に乗っているのかも知れないと思った。ならばしばらく様子を見てから、また手紙を認めてみようと。
そうこうしているうちに彼からの手紙がきた。今年の夏はEveの活動が忙しくってイギリスには行けそうにないけど、ネットで活躍を見てほしいと書かれていた。同封されていたブロマイドにはこないだのメンバーとは違う男の子がいた。全く違って、なんだか日本語で言うと不良、とも言われそうな仏頂面の男の子だった。笑うことも苦手そうで、日和さんの満面の笑顔の隣でポーズだけ決めて訴えるようにカメラを、その先にある私を見据えている。
少し心配になった。何故なら彼は出会いをとても大事にするひとだったから。確かに古いものが嫌いな一面もあるけれど、流れるような学生時代とは言え、たったの一年弱で、何の事情もなく隣にいる人間を変えるとは思えなかった。
電話やメールの連絡先も交換している。少し悩んで、やっぱり手紙にしようと筆をとった。どこか面影のある子ですね。ジュンさん。今年のSS、ネットで情報追ってみます。楽しみにしていますと。
それからも文通は数ヶ月に一回ほどの頻度で、この十年途絶えることなく続いている。そのうちに私は結婚して、日和さんはアイドルとしてどんどん跳躍し、今は国民的アイドルとしての活躍を見せていた。
よかった。これは別になにが悪いと言うわけでもないのだけれど、私も日和さんも、貴族の家で跡取りという存在でない限り、家族のなかではどうしても優先度が下がる。何か別の生き物のように扱われる。だからそれが耐え難かったり変えたいと思うのならば、別の居場所を作るしかなかった。
私は結婚という手段でその居場所を作り、自分が疎かにされない環境を知ってから、そう思えるようになった。そして初めて、舞台の上で巴も次男であることも関係なく輝く日和さんが、ただ眩しいだけではなくて、尊い、思ったのだ。
そんな日和さんを、嫁いだ家のお茶会に招くことに成功した。今度新曲のレコーディングで、まだ公には言えないらしいのだけれど海外のビッグアーティストとのコラボレーションが決まっており、そのために来英すると知らせを受けて、いのいちばんにスケジュールを確保して準備した。
これはもう伝えてあるのだが、私は漣ジュンくんのちょっとしたファンで──これを言うと日和さんは毎回なんでぼくじゃないのと機嫌を損ねるのだが──実は彼のグッズやソロのCDや映像作品を集めたりしている。簡単には来日できる環境ではないので、所謂在宅オタクと言える。本気で追いかけている人に比べたら全然だが、彼らの活動を追っているのは楽しい。
じゃあ連れていくね、と手紙には書かれていた。ここ数年、海外進出も視野に入れているEdenは外国語をそれぞれで勉強しており、ジュンさんは日和さんから直伝で英語を学んでいるらしい。最初は絶対きみの綺麗なキングスイングリッシュで話してね、とも。
中庭に白いテーブルと椅子をいくつも並べて、紅茶とスコーンを用意して待っていると、日和さんから用事があるからジュンくんだけ先に行ってもらうね、と。
途端、来訪を知らせるベルが鳴る。出迎えは使用人がしてくれるから、私は中庭にいるだけでいい。心臓がバクバクしてきた。
現れたジュンさんは大人びた明らかに日和さんの仕立てであろうスーツを着ていた。仕事の後のか、このお茶会のためなのかは私には分からないけれど。
「こんにちは、初めまして。会えて嬉しいです」
「こっ、こんにちは! 初めまして! 私も、とても嬉しいです」
「話は聞いてます。聞いていた通り、綺麗で、素直な方なんですね」
「えっ、初対面なのに、そんな」
「色々な方と関わる職業ですので、大体顔を見たら分かるんですよ」
彼のキングスイングリッシュは、たまに発音が拙いけれどとても聴き易い。英語が合う声をしているなと思う。
だけれど、実際に日本語として考えた時の、違和感があった。目の前にいるジュンさんの話す英語はとても上品な言葉遣いで、貴族の会話そのもののようで。いつもの動画で見ている、日本語でちょっとスラングを交えながら辛辣な嫌味を日和さんに浴びせる、好きな子をいじめる小学生のようないじらしくてかわいらしいジュンさんはどこにもいない。これではまるで、本当にただの王子さまではないか。
「どうされました?」
「あ、いえ。……その、気分を害されたらごめんなさい。貴方のキングスイングリッシュがとてもお上品で、口調も、まるで日和さんそのものみたいで」
「……本当、ですか。それ」
ジュンさんは思いっきり眉を顰めた。
「ジュンくーん!」
それと同時に、家を突き抜けるように快活な声が庭に届く。今のは日本語で、玄関からだ。この声と呼び名。誰かなんて聞くまでもない。
廊下を足早に歩いてすぐに中庭まで辿り着いた日和さんは相変わらず美しい。ハァイ、と私に挨拶と握手、ハグをした後、英語でジュンさんに声をかける。
「ジュン、ちゃんと貴族らしく彼女をエスコートできた?」
「してますよ。日和のお望みのままにね」
なんだか今とんでもないものを聞いた気がするけどそれが何なのか分からなくて逡巡して、ようやっとそれが名前の呼び捨てだと気づいた。思わず手を口で抑えていると、日和さんが気づいたらしい。今度は日本語で喋った。
「……あぁ、おひいさんだからMy princessとでも呼ぶかと思った? せっかくだからジュンくん呼んでみて!」
「絶対嫌ですよぉ〜。だいたい、お姫さまじゃなくて名前からつけただけって言ってるでしょうが」
日本語で喋るジュンさんはいつものテレビや動画で見るジュンさんだった。ちょっと語尾が強くて、威圧的。でもずっと敬語。英語の時はずっと語尾も柔らかくて、語尾の落とし方やあげ方は日和さんのそれそのものだった。
「ずーっとおひいさんにリピートアフターミー!って言われ続けて数年経ったらこうなっちまいました。あーぁ、やっぱ茨に頼んで別に先生雇ってもらいますかねぇ」
「駄目駄目! 茨なんかに頼んだらジュンくんがスラングでしか会話ができない不良になっちゃうね!」
「オレはそっちのが馴染めそうなんですけどねぇ〜……?」
目の前で繰り広げられるふたりの止まらない会話に、ああこのふたりはプライベートでも画面の中でいるふたりとも何も変わらないのだなと安心した。日和さんも、ちゃんと居場所を得られたのだ。それを肌で感じられるのが嬉しい。私とジュンさんだけで話す時間を与えるために遅れてきてくれる──遠周りでさりげない配慮ができる彼には、幸せになってほしいから。
「あの、もう一回英語で喋っていただいても?」
いいですよ、とジュンさんが英語で答える。でも、と不思議そうに首を傾げながら。
「オレはそんなに上手くないんですけど、それなのに聴きたいですか?」
「わかってないね、ジュン。それがいいんだよ」
「オレの日和譲りらしい発音が?」
「そうだけど、そうじゃないね」
彼らはそのうち世界に進出して世界中でライブをするだろう。その時にファンがこの英語を聞いて、どう感じるのかは想像に容易い。そうなるまではこの貴重なふたりのキングスイングリッシュと、呼び捨ては、私だけの特権にさせていただこう。日和さんの友人である、私だけの。
0コメント