Cast a spell on me!|ジュンひよ

 Eveが女子学生に人気のある化粧品メーカーの新作、シャンプーのキャンペーンモデルをするこのになった反響は凄まじかった。
 Edenとしての活躍も以前より多くなり、Eveとしての中性的な面を知らない層への大きな一歩になるのだと茨はノリノリで語っていた。ESに所属するいずれかのユニットという条件で、それならばの直々のご指名だったらしく、誇らしげに喋り倒す茨の長話をジュンはしばらく聞かされることとなった。
 もともと化粧品の知識が乏しいジュンはそのメーカー自体よく知らなかったのだが、母親や地元の同級生や教師から連絡が次々に入ったことで、改めて大きな仕事だというのを実感した。CM出演はもちろんのこと、都心の大きな街に看板を出してもらえるらしい。また雑誌のインタビューも入っている。日和も相当気合が入っており、元々入っていたレッスンの合間に撮影に向けた打ち合わせを何回も入れられていた。さまざまな場所で与えられる期待感に、ジュンは期待に胸を躍らせていたし、同じぐらい、緊張もしていた。
 そうして迎えた撮影当日、順調に進んでいった。コンセプトはオシャレな香りを身に纏っている女性はより魅力的に見える──『この香りは恋に落ちる魔法』という煽り文で街中やドラッグストアでポスターが貼られ、テレビではCMが流れるのだと再度説明された。やっぱり大きな仕事だ、と実感して胸がどきどきするのは何回目だろうか。
 セットされる前に実際にシャンプーとトリートメントで髪を洗ってもらったのは、実際に判らないとナレーションが録れないと直談判した日和によるものだった。確かに日和の言う通りで、日和が言わなければ自分がどこかのタイミングで言っていたことだろう。
 愛用している男性向けのシャンプーは無臭だった。だから余計に香水代わりにもなると謳っている香りは強く感じた。洗ってもらったあと、髪型をセットしてもらって、それでも頭のうえから慣れない香りが漂っていてなんだか落ち着かない。日和はそれを見て「急に知らない部屋に連れてこられたワンチャンみたい」と呑気に他人事のように笑っている。
 まぁでもやっぱりCMのストーリー的に、しておかなければならなかったと思う。内容としては分かりやすく片方が片方の髪の香りを嗅いで、惹かれたように髪に口付けすると言った流れだ。これをどちらのパターンでも撮って、どちらも流す予定らしい。
 Eveの売り方として少なくない内容だから、驚きや戸惑いはない。とは言え大勢のひとの目の前でおひいさんの髪とは言え口付けるって、……実は私生活でしたことがないこともないのだけれど、できるのだろうか。
 杞憂は大当たりして、先にやった日和がジュンに口付けるほうは一発で終わったけれど、ジュンがするほうは何回リテイクを重ねてもなかなかオーケーを貰えなかった。意識しすぎるとギクシャクしてしまうから、ならないように無心になるようにするのだけれど、そうすると逆に求められている耽美な雰囲気が出ないのだ。
「ジュンくんー、一回休むー?」
「いえ……! やらせてください」
 なんとか、このまま、と頼みこんだ。あと少しで掴めそうな気がする。
 日和はさっきからびっくりするほど静かだ。怖い。たぶん見極められている。ここで結果を出せなければ、恐らくはしばらく口を聞いてもらえないだろう。それぐらいの見せ場になる仕事ということだ。
 すう、はあ。大きく深呼吸する。要するに、いつも自然にやってしまう夜を思い出せばいいのだ。
 日和の耳にかぷりと噛みついて舌でそのかたちを確かめるようになぞると分かりやすくあかく染まっていくのが好きだった。その時に鼻腔を擽る香りは、古いものが嫌いな日和はしょっちゅう使うものを変えているから違っている。だけどどれもいい匂いだなと思ってしまって、髪にそのまま──。
 撮影を告げる声。ジュンはほぼ無意識だった。顔を耳元に寄せ、普段と違いあかく染まらない日和の耳に、その仕事人っぷりに頭の隅で感心しながら吸い寄せられるように髪に顔を埋めた。結果的にキスをしたのだと思う。
「はーい、カット! オッケーです!」という声が遠く聞こえた。

『この香りは恋をする魔法──恋に落ちる香りがする。君から』
 明日はポスターの撮影と雑誌のインタビューがある。茨が労いで用意してくれたホテルのビュッフェを満喫して部屋に帰りながら、何度も読まされたからかジュンもはっきりと暗記している言葉を、日和は何回も口にしていた。
「何回も言ってると呪文に聴こえてくるね!」
「とうとう壊れたのかと思っちまいますけどねぇ。あんた何回目ですか、それ言うの?」
「えー。忘れちゃったね!」
 本当は覚えているくせをして。
 この台詞はふたり合わせて撮ったのだが、前日に日和とこれでもかというぐらい合わせていたのもあり数回で撮り終わった。一字一句コンマ一秒でもズレたら許さないねっ、と言われた時は笑顔が笑っていなくてゾッとした。
 日和は一心同体だとジュンを呼ぶけれど、きちんと実力で応えられなければ振るい落とすと事あるごとに口にするのもまた、嘘ではない。
 なんとか同時に言えるようになって、今日すぐその感覚を取り戻せてよかった──とたどり着いた部屋のキーを開ける。当然、日和に先に入ってもらう。それももう、一年以上続けてきた習慣だ。
 日和は着替えもせずベッドに飛び込んだ。横になって──それから、ベッドを半分開けてから、じいっとこちらを見ている。ごくりと喉唾を飲み込んだ。ような気がする。眼前で明らかに誘っている日和に夢中で、よく覚えていない。
 セミダブルの、青年ふたり入るのには少し狭い空間に、ジュンはベッドの隅から、少しずつ真ん中へ向かった。中心で、息が届く距離で日和と向かいあう姿勢になる。
 淡いむらさきのひとみに見据えられると、後ろに壁なんてないのに逃げられないと思ってしまう。動けない体はさながら石化してしまったようだ。
 見たものを石に変える、そんな生物が神話にいた記憶がある。宝石のように美しいひとみをしていたのだとか。
 なるほど、これか。
「魔法、かかっちゃった?」
 見つめているのに日和が気づいた日和は、くすると口元を弧に描いて問うてきた。
「へ?」
 けれど予想外の問いかけの内容に、ジュンは素っ頓狂な声を出してしまう。
「『この香りは恋をする魔法』でしょ? どう? 惚れ直した?」
「……なんでもともと惚れてる前提なんです?」
「えっ? 合ってるよね?」
 一応はてな、と聞こえるようにイントネーションは上がっているものの、自信満々な表情をつけられると断定しているようにしか聞こえない。
「…………さぁ、どうでしょうねぇ」
 強く残るよう作られた香りはいまも日和から漂っている。撮影の時に触れた場所にもう一度口を寄せる。柔らかい髪は綿毛のようだった。
 するすると下がって首元に顔を寄せる。すん、と日和が香りを嗅いだのが上で聴こえた。
「忘れてません?」
 鎖骨のしたに吸い付いて痕を残す。次に降りてきた声は多分にとろみを帯びていた。
 日和の上に重なるように跨がる。痕をつけて濡れた場所がベッドサイドにある照明に反射して光っている。
「オレも魔法をかける側なんですよぉ、おひいさん。──あんたの相方で、アイドルなんですから」
 日和は目を瞑って、「──そうだったね」と呟いて、それから両手でジュンの顎を掴んだ。寄せられた先はくちびるではなくて胸元あたりだ。程なくして、頭上にくちびるが触れた感触があった。それは間違いなく『好きにしていい』という合図だった。ジュンは本能のまま、日和を暴いていく。ベッドからは甘い香りが漂い続けていた。

walatte

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