紅葉の頃|緑赤(krbs)

 
 
 赤司が自分の正体を鬼だ、と緑間に告白したのは、昨日の放課後のことだ。秋も深まった2学期中間試験前でミーティングのみで終わった部活の後、教室で2人だけで将棋を指した。
 赤司が緑間を誘うのはいつも気まぐれだった。今日は早く終わるから誘われるかも知れない、と予感はしていた。試験前とは言っても、普段から予習と復習を怠らない緑間と赤司にとって別段特別何か構える必要はなかった。緑間もわかったと即答し、赤司の教室へと向かった。
 試験前なのだから、放課後だれか勉強しているものかと思ったが、教室にはだれもいなかった。赤司曰く、教室でやっていると途中で誰かが騒ぎだすので、クラスの皆はたぶん図書館に行っている、とのことだった。そういえば、先程図書館前の廊下を通ったとき、窓からいつもより混んでいるのが見えた。赤司の推測は当たっているのだろう。
 窓際の赤司の席に赤司が座り、その前の席の椅子を緑間は借りる。もう何度もやっているので、自然と決まった流れだった。始まる前に赤司がすっと隣の窓を開く。部活は中止となっているためひとは疎らで、やけに静かだった。
 慣れたとはいえ、赤司と対面して対決するときは、いつも気が引き締まる。けれど悪いものではない。やわらかな緊張感。相手は限りなく強いが、それだけに立向う価値がある。努力を重んじる緑間にとって、例え将棋であっても勝てないのならば燃える。勝つために思考を隅から隅まで使って巡らせる。
「昨日は、紫原と打ったんだ。小さい頃、祖母と少しやったことがあるというから」
「…どうだったのだよ」
「だめだな。あいつはもうほとんどルールを忘れていて、勝負どころではなかった」
「…まあ、紫原だからな。仕方がないのだよ」
「教えてやろうか、と言ったら青ざめてしまってね。全くわかりやすいやつだ」
「あいつに将棋は無理だろう」
「そうだな。けれどおまえも」ぱちり、と軽快な音を出して駒が運ばれる。それを見て、緑間ははっとなった。これは。
「…あ、」
「俺には勝てないよ。おしまいだ」
「……くそ、今度は勝つのだよ」
「無理だね。だけど、おまえの諦めの悪さは、嫌いではないよ。成長も早いしな」
「見縊るな」
「見縊ってはいない。ただの事実さ。…さて、」
 赤司が窓を閉める。それがいつもの将棋の時間が終わりだという合図だった。いつもならもう少し続けるが、試験前にのんびり将棋を指しているのが他の生徒に見つかれば、なにを言われるかわからないし、面倒だ。赤司も同じ考えらしかった。「全く、どうして昨日は今日で根を詰めようとするのかな」たぶん、明日のテストに向けて必死に単語のスペルと覚えたり数学の公式を憶えている輩のことを言っているのだろう。緑間はさぁな、と返す。赤司は将棋盤をじぶんのロッカーへと戻す。
「そうだ、」
 校舎を出てから、正門へ向かっている途中で、赤司が急に振り向く。
「おまえ、この後時間あるか」
「ないことはないが」
「少し買い物がしたい。付き合って貰えるか」
「…構わんが。何を買うのだよ」
「いや、少し文房具をな」
「そんなものいつでも買えるだろう。それに、いつも誰かが買ってくれているんじゃないのか?」
「そうだよ、車でやたらと送迎したがる彼らがね。だからあまり自分で買ったことはないんだが…。俺もたまにはゆっくり放課後遊んでみたいんだよ。ふつうの中学生のように」
「ふつうに憧れるのか? なんでも出来るおまえが?」
「全てにおいて勝者だと、フツウは絶対手に入らない位置にあるんだ。ある意味ないものねだりだな」
「…嫌味なのだよ」
「はは。いいから付き合え。さ、裏門から行くぞ」
「は?」
「さっき校舎から見えた。赤司の車があったからな」
 いたずらを考え付いた子どものように赤司が微笑んでみせる。今日の赤司が緑間から見てもはっきりとわかるほど、機嫌がいい。今日は部長としての仕事が少なかったから、あまり気を張っていないのだろうか。どちらにしても、普段見れない赤司の顔を見れるのは、緑間としては悪い気分ではなかった。
 赤司が赤司の家、と口にするのは不思議で、まるで全然じぶんとは関係のない家の名前を言っているような響きがあった。生まれながらにして帝王学を学ばせるような、生き方をぎゅうぎゅうに縛られている男の気持ちなんて緑間にはわからない。紫原や青峰を見て、緑間自身だいぶ厳しく育てられていることを最近になってようやっと自覚したぐらいだ。
 7階建ての大手スーパーは階ごとに商品の区分けがされており、文房具は6階だった。赤司は初めて来たらしく、緑間が案内した。エレベーターが待っている客が多かったためエスカレーターで6階へ向かった。
 近くに出来たデパートのせいでそこそこ寂びれ始めたスーパーの6階はやはりひとは疎らだった。種類も恐らくデパートの方が多かったろうに、緑間がそこを案内したのはデパートがひとが多すぎてゆっくり出来ないためだった。こちらにも一通りの種類が揃えてあるから、不便することはないだろう。
 赤司はそのなかでも一番高いブランドのシャープペンシルを買った。店員はぎょっとしていたがすぐに切り替え笑顔で清算していた。そしてまたエレベータが混んでいたので、今度はエスカレーターで下っていく。5階はメンズの服を売っていた。
 何故かそのまま下るはずが赤司はそのまま5回に留まり、カーディガンのコーナーへと向かっていく。先導していた緑間は4階へ下るエスカレーターに今まさに乗ろうとしているところで、慌てて足を引いて留まった。
「なにをしているのだよ」
 足早に赤司の元に駆けつけで声を抑えつつも怒鳴ってみせる。赤司は全く反省していないようで、緑間はこういうのが似合うなあ、と笑うだけだ。さすがの緑間も我慢ならず、もういい思い切りここでも怒鳴ってやろうかと息を吸い込んだときだった。
「…おまえは将来、こういうのを来て、子どもたちと週末を過ごすんだろうな」
 ほら、この深緑のカーディガンなんか、おまえによく似合うんじゃないか。そうやって照らし合わせるようにそのカーディガンを真正面に持ってこられて、緑間は狼狽える。
「な、なんなのだよ急に」
「いや、ふと、スタメンの奴らは将来どうなってるものかと思ってな。どんな服を着て、どんな風に毎日を過ごしているのか。青峰は本格的にバスケの道に進みそうだ。紫原は気分屋だからなかなか読めないな。黒子は案外趣味を生かした小説家になったりするかも知れないな。おまえは医者を目指すんだろう?」
「…そんなの、まだわからないのだよ」
「まだ、遠い先の話だからな。けど、どんな道であれ、お前ならやれるさ」
 カーディガンを元の場所に戻し、エスカレーターの方へと向かう。なんだろう、と緑間は違和感を覚える。皆の将来をそうして想定するのはいいが、赤司のニュアンスは、どこかおかしかった。まるで将来じぶんがそこにいないような。
 今度は赤司が前だ。エスカレーターはゆっくりと降りていく。赤司の後ろ姿を見つめながら、緑間は遠い将来とやらのことを想像してみる。まだ漠然としているが、けど確かに会う機会こそ減るが、それでもたまには帝光のメンバーで集まって今みたいに騒いだりするのもいいと思う。
「赤司は、」思ったより情けない声が出て、緑間は恥ずかしくなった。なんだ、と赤司が振り返る。
「お前は、…将来どうしたいのだよ」
 赤司はぱちくりと目を開ける。それでも器用にエスカレーターは降り切ってみせる。4階から3回へとまた下りながら、赤司はふふ、と笑う。いきなりの質問だったかと後悔する緑間をよそに。
「緑間、………俺は、たぶん、近いうち消える」
 そうして一階まで下ったあと、挨拶のような軽さでとんでもないことを告白してきた赤司に、緑間は口をぱくぱくを開けることしか出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「俺はな、鬼と人間の混血なんだ。それで、近いうちその鬼の血の方に人間のそれが負けてしまう。鬼になってしまうんだ。…たぶん、その前に死んだ方がいいのだろうが。ただ、俺の精神が消えてしまう前に思い切り青春っぽいことを楽しんでおきたいんだ。いい人生だったと思えるように」
「え…はっ? え、なに」
「だから、それで今日ははしゃいでいた。お前が止めないからつい浮かれてしまった。すまない、次からは気をつけよう。それと、このことは誰にも言わないでくれ。…言ったところで誰も信じないとは思うが」
「あ、…ああ」
 赤司の突然の告白の内容は理解の許容をこえていた。問いただずことも出来ないまま、家近くまで無言で赤司を送り、家に着いて、ピアノを弾いた。全く身にならないことはわかっているが、テスト勉強よりは気が紛れた。
 ちぐはぐで不安定なピアノのメロディが、少しのあいだ流れ、止まり、また少しして流れ出して、それの繰り返しだ。妹に心配され声をかけられるほどの音のひどさだった。
 
「赤司、」
 次の日というか今、朝練が終わってすぐ、緑間は赤司に声をかけた。赤司は少し驚いたようだったが、いつも通りに返事をする。
「避けられるかと思っていたよ」
「…やはり昨日言ったことは嘘だったと」
「さあ、どうかな」
「…赤司、」
「なんだ」
 ほら、と突き出された一枚の何かのチケットを赤司は受け取る。緑間、これはなんだ。見ればわかるだろう、新幹線のチケットなのだよ。品川から―――行き先は京都となっていた。
「だから、これはなんのつもりなんだ、」
「…お前が言ったのだよ。青春っぽいことをしたいと」
「言ったな」
「だから………来週はオフもあるし、たまには京都にでも行ってリフレッシュをするのも悪くない、だろう」
「俺一人で行くのか」
「そんなわけないだろう! 俺も行くのだよ」
「そうか、ならいい」
 貰っておくよ、と赤司はロッカーのなかにある黒を基調としたシンプルな手帳にそれを挟んでいた。日曜日、東京駅9時発、京都行。指定席で緑間の席はもちろん赤司の隣だから待ち合わせなど決める必要もなかった。
 赤司がどんな気持ちで、じぶんが鬼だとか、素っ頓狂なことを言いだしたのか緑間には見当もつかないが、赤司が所謂ふつうの、ただの中学生らしく、遊びたい気持ちが少なからず今はある、ということだけは理解出来た。京都に2人で行くのがふつうの中学生のやることかと言われれば少し首を傾げるが、緑間だってふつうの中学生というものがどんなものかよくわからない。プリクラをとってカラオケにいってマックでお喋りする。なんとなく、そういうものだろうと思うが、緑間はどれも体験したことがない。ならば自分らしく案内出来ればと思っただけだ。
 京都行の切符を持っていたのは近々行われるすきなピアニストのコンサートのチケットを恩師から貰ったため、用意していたのだった。チケットも2人分だったので、誰か一緒に行ってくれるひとがいないものかと思っていたところだった。赤司なら芸術に精通しているし、楽しめないことはないだろう。そう、たまたまお互いの利害が一致しただけだ。たまたま。
 部活も終わり、いつも通り校門で赤司が来るのを待つ。気がつけばこうして赤司を待つのも習慣となっていた。赤司がいつも車で帰るのを嫌がるため、半ば無理やり緑間がいつも一緒に帰っているということにされてしまって―――けれど将棋をうって帰ることも最近は多いので間違ってはいないのだけれど―――赤司を毎日のように校門前で待つことになっていた。
 赤司はバスケ部の監督や、担任たち、虹村や色々な方面から部活が終わっても呼び出しがある。彼の人望故だろう。緑間は自身が赤司のように率先して周りをまとめるタイプではないと自覚しているので、時折赤司は休めているものかと思うことがある。
 赤司を待ちながら、京都 観光 で検索をかける。ずらりと観光関係のサイトが並ぶなか目を留めるものがあった。紅葉狩り。そういえば丁度見頃の季節だったか、とリンク先を見てみると、紅葉のうつくしい写真を背景にいくつかの寺や神社の案内があった。
「緑間、待たせたね」
 そうして赤司が現れたのは緑間が検索をかけはじめてから三十分経った後だった。最後の方はもうどこを開いても同じような内容しか書かれていないので飽きてしまい、読書へと移行していたところだった。
「…ああ。赤司、京都のことだが」
「紅葉狩りがいいかもな。何度が行ったことがあるが、やはり清水寺が定番か」
「………行ったことがある?」
「ああ、向こうには親類がいてね。お前よりは詳しいと思うよ。…なんだ?」
「そういうことは早く言うのだよ!」
「訊かれていないからな。紅葉狩りの他には、」
「ピアノのコンサートのチケットがある」
「それは楽しみだな。緑間の人選なら、間違いなさそうだ」
「…ほんとうにそう思っているか?」
「もちろん。おまえの音も今度聞かせてくれ」
「…しょうがないのだよ」
 毎日、部活と勉強に言われ、忙しなく日々が過ぎていくのだけれど、赤司といる時間は、安穏としていて、そこだけ時間が異常にゆっくりと感じられた。それでいて、いつもこの曲がり角での別れの時間が来てしまうと、やっぱりあっという間だった気さえする。赤司の同学年とは思えない落ち着きが、こんな感覚にさせてしまうのだろうか。
「じゃあ、また明日」
「ああ。…赤司、週末は本当に暇なのか」
「そう言ったはずだが。暇じゃいけなかったか」
「違うのだよ。……おまえはいつも誰かに呼ばれているイメージがあるから、部活がなくても何かしら用意があるのではと思っただけだ」
「鋭いな」
「…え、」
「用事は、……まあ、あったが、断った。たまにはいいだろう。大した用事でもなかった」
「ほんとうだろうな?」
「ああ、だから緑間が気にすることはないよ。…それより、当日の前日はふつうに部活があるのだから、忘れるなよ」
 赤司が左へと曲がって、小さくなっていく。この曲がり角を、右に行けば緑間の家へ向かうことになる。赤司の背中が消えたからようやっと緑間はじぶんの家へと向かい始めた。京都で、赤司と。…良い一日にすることは出来るだろうか。緑間の悩みをよそに、住宅街には秋を知らせる金木犀のかおりが漂っていた。
 
 
 
 
 
 9時発の新幹線の乗り場にちょうど5分前に着くと、赤司は既に着いていて先頭に並んでいた。その次に並んでいた家族連れに先頭を譲り、何人かの女子大生や社会人を列の後ろに緑間が並ぶ最後尾へと並びなおす。
「おはよう、緑間。昨日の疲れはとれているか?」
「おはようなのだよ。…大丈夫だ」
 滅多にない完全休日の前日だけあって昨日の練習はいつもより激しさを増していた。というより地獄だった。最近吐くことが少なくなっていた黒子もはやり昨日ばかりは吐いていたし、終盤は紫原や青峰も疲れで動きが明らかに鈍くなっていた。緑間も例外ではなく、昨日は今日のことなど考える暇もなく夕飯を食べてお風呂に入って歯を磨けばすぐ眠りにつけたほどだった。
 そういえば、と新幹線に乗って、指定席に座りながら緑間は黒子のことを思い出す。まだ赤司が期待に応えられるほどのものを黒子が持っているかどうか、緑間にはわからない。正直不安さえある。赤司以外の誰かの提案でなければ反対していただろう。いまだに黒子の力とやらが発揮されるところを、緑間は見たことがない。
 新幹線が発車する。瞬く間に景色が変わっていく、その窓の外側に赤司がいる。
「京都に行くときはいつも父と一緒だったから、変な気分だ」
 そう言って赤司が笑う。緑間は、赤司にとって父親が、たぶんよくないものだと思っている。親は親だ。けれどもし赤司の血に鬼のそれが混ざっているのだとしたら、それはあの父親からきたものだろう、とも。
「考えるな」
「…、みどりま?」
「父親とか、バスケとか、主将とか、………今日は考えるな。今のうちに忘れろ」
「しかし」
「うるさい。また帰るときに思い出せばいいのだよ」
「…そうか。おまえがそう言うのなら」
 寝てもいいか、と赤司が訪ねてくるのに、緑間は静かに頷いた。間もなく安らかな寝息が聞こえてくる。京都まであと2時間弱か。いい天気でよかった。それにしても赤司は寝ている姿さえ隙がなく、何かの展示品のように、寝ているというのに様になる姿勢だった。
 
「緑間、」赤司の声と、もうひとつ、違った声が聞こえてくる。アナウンスだろうか。次は、京都、京都、………。
「…京都?」
 はっとなって目を覚ます。隣にいた赤司がおはよう緑間を声をかけつつ、飲むか、と緑茶のペットボトルを差し出してくる。礼を言って飲めばようやっと微睡から離れられた。あのあとうっかりじぶんも寝ていてしまったらしかった。
「行くぞ」
 結局京都に詳しい赤司の方に案内されつつ、清水寺に向かった。電車を何回か乗り換えて、少し歩く。赤司はいつも京都駅からは車で移動するらしく、電車で移動したことはないらしいのだが、まるで知っているかのようにすいすいと緑間の先を歩いていく。
 元々盆地だけあって、周りの山はうっすらと赤色に染まっている部分が電車から見受けられた。休日のローカル線はひとも少なく、7人横に並んで座れるはずのシートには緑間と赤司しかいないし、向かいのシートにも誰もいなかった。
 知らない駅の名前を知らせるアナウンスが流れる。目的の駅までもう少しだろうか、と緑間が駅の看板を探したところで「あともう少しだから安心しろ」とからかうような声が横から飛んでくる。
 外から入ってくる陽射しはとてもあたたかい。今日はいい天気だ。
 
 寺は人が多く混雑していた。休日の上、一番見頃の時期だと天気予報でも散々言われていたのだ。これでは持ってきたカメラでゆっくりと景色を撮ることは叶わなさそうだと早々に諦めた。夜はライトアップがあって、よりきれいになるんだそうだ、と赤司が紅葉の絨毯の上を楽しそうに歩きながら言う。ライトアップの時間の頃にはもうコンサート会場にいるはずなので、残念ながらそれは見れそうにない。
「でも、これだけでも充分、」赤司の言った通り、紅葉はちょうど満開ともいえる時期で、さまざなな赤が回りを彩っていて、充分に楽しめそうだった。
 朱が混じったようなものから真っ赤な紅の色、さまざまな赤色のなかで赤司の髪、眸の色に似たものはないだろうか、と探してみる。これでもない、あれでもない。そうではなくて、もっと真のある、強い赤色をしている。きょろきょろあたりを見回しながら歩いていたので、不思議に思ったらしい赤司が、少し先を歩いていたところから戻ってくる。
「落し物でもしたのか」
「いや、紅葉と一言で言っても、ひとつひとつ、違う色だと思いながら見ていた」
「景色に見惚れていたか。…そうだな、色んな赤がある。俺の髪や眸もそのひとつだ。…紅葉のなかだと、おまえの緑は浮いているな」
「悪かったな」
「いや、いいんじゃないか。見つけやすい」
「おい…」
「それに、映えるしな。ほら、先行くぞ」
 赤司は気まぐれに歩いたり止まったりするし、緑間も緑間で景色をまったりと楽しみたかった。少し先に赤司が行ってしばらくすると緑間が追いつき、軽く話をしながら、寺を回った。それを数回繰り返すと、もう昼も過ぎて、コンサートの時間も近くなってきていた。
 
 コンサートは大盛況のなか終わり、最終日だったこともあって時間が三十分押した。帰りも新幹線は指定席をとっていたので足早に駆けこんだ。やっと一段落した、と緑間は安堵した。
「いい音だった。緑間、礼を言うよ。今日は楽しめた」
「…別におまえのためではないのだよ。あと、あのひとのピアノのCDをいくつか持っているから、興味があるなら貸してやる」
「今度頼むよ」
 とっくに日は暮れている。窓の外の景色を見ても、明かりがぽつぽつと見えるだけだ。京都から大阪、そこからどんどん進んでいくと、山のなかになってほんとうに外が真っ暗になった。
「…それで、目は覚めたか」
「目が覚める?」
「自分が鬼だとかなんだとか言っていたことなのだよ。こうして一日何にも捉えられずにはしゃいで少しは楽になったか」
「…ああ、」
「ああ、じゃないのだよ。全く…振り回されるこちらの身にもなってみろ」
「悪かった。そんなことを…おまえは覚えて、気にしていたのか。………いや、お前はそういうやつだったな。俺もわかっていた」
「確信犯はタチが悪いのだよ」
「ほんとうだな。こんな性格、誰に似たんだか」
 赤司は窓の外を見る。底無しの沼のように、あかりひとつない真っ暗な、果てしない闇がそこにはあった。
「…緑間、もし、もしも。俺が鬼になったとして」
「はあ? だからそれは冗談で」
「冗談でもなんでもいい。いいか、俺が鬼になったとしたら、…どうする」
「……それは、」
「それは?」
「………後悔、するんじゃないか。あの時、おまえのいうことを信じてやればよかった、と思うんじゃないのか」
「そうか。……二流漫画のようなおきまりの展開だな」
「むしろ三流なのだよ」
「けれど、それもいいな。じゃあ、その時は、緑間、思い切り後悔してくれ」
「…は?」
「思い切り後悔してくれ、と言ったんだ。おまえの後悔が、消えてしまう俺の存在の証になる。おまえが後悔してくれることが、俺はきっと嬉しい」
「…それは…なんというか最低なのだよ」
「はは、鬼だからな。当然だろう」
 緑間がその赤司のことばの意味を知ることになるのは次の夏のことだ。赤司のずっと言っていた鬼ということ、時折見せる別人のような冷徹な表情、伏線はどこにでも散らばっていた。鬼というSOSを赤司はじぶんにだけ表示してみせた。けれど緑間は結局、何も出来ず、帝光中学校バスケ部レギュラー陣は、内部から瓦解していくことになる。そして緑間は、赤司のことば通り、彼の変化に困惑し、後悔する。
 結果として、緑間は、赤司に応えることが出来なかった。
 ただ、それだけのこと。
 
 
 
 
 
 
 
エピローグ
 
 
 
 
 真ちゃんはじぶんのこと、何もわかっちゃいない。
 バスケの自分の能力についてはもううざいぐらいに把握してるけど、じぶんのメンタル面においてはさっぱりだ。元々人と付き合うことが得意ではないし、誤解されやすい性格をしているなあとも思う。それでもきちんと努力を怠らないひとだったから、今こうして先輩達に認められて、真ちゃんを軸にしてチームが纏り、明日に、ウィンターカップベスト4の洛山戦を控えている。
 さっきレギュラーメンバーでフォーメーションは死ぬほど確認した。あとは実践に移すだけだ。まあ俺はポジションからして、真ちゃんの旧友である赤司とやり合うことになるのだろう。 
 キセキの世代との実力差は充分にわかっている。俺が赤司に個人で勝てるとは全く思ってはいないが、一矢報いるぐらいはしてやろうかなあとは思っている。あとチームとしては勝たせてもらうのは当然だ。
 軽い気持ちで、赤司ってどんなやつなの、真ちゃんの家までの夜の住宅街で、チャリアカーを漕ぎながら真ちゃんに尋ねると、鬼だ、と短く返答が返ってきた。さすがに真ちゃんらしくない素っ頓狂な返答に俺も驚く。
「鬼ってなんだよ。プレイが容赦ないってこと?」
「…そうじゃない。もっと概念的なものだ」
「いや、ソレ、ますます意味わかんねーんだけど。…まぁ、とりあえず倒せればいいんだけどよ。真ちゃん、副部長だったんだろ? 一番話すことあったんじゃねーの?」
「たまに、将棋を指したり、勉強でわからないことがあれば話したりもしたな。それだけだ」
「…それだけ、ね」
「そうだ。とにかく明日やればわかるのだよ」
「そうでしょうねー。ほら、着いたよ。おつかれさん、また明日」
「…ああ。高尾、」
「なあに」
「明日は、勝つぞ」
「…はいはい。もちろんですとも」
 チャリアカーは庭に置いていけと言われた。明日はそんなことしてる暇ないからだとか。それどころか今日もしてる暇ないだろ、いやいつもしてる暇ないだろ、という突っ込みをするのは憚られた。なんというか、いろいろ今更すぎて。
 ショルダーバックの重みしかないと、身軽になりすぎて羽が生えたんじゃないかと思えるぐらいだ。来た道を戻って駅に向かいながら、赤司のことを訊ねたときの真ちゃんの表情を思い出す。眼鏡のレンズの奥の奥、ほんとうに微細な変化。
「…今まで見たなかでいっちばんつらそうな顔、するんだもんなあ」
 今迄何度かキセキのことを尋ねたことはある。いつも赤司のときだけ、真ちゃんはあんな表情をする。濁ったような、滲むような、あの眉の寄せ方は。
「後悔、かな」
 ぼそりと呟いた憶測は冬の夜に消えていく。明日、勝てたら、真ちゃんをあれから解放してあげられるのだろうか。試合の結末の先に、真ちゃんは気付けるんだろうか。じぶんの、きもちに。
「…あんな辛そうな顔しちゃってさー、もう」
 ばかだね真ちゃん。そんな大きな後悔が、恋だとも気づかずに。
 
 

walatte

ソシャゲ備忘録と二次創作 公式とは一切関係ありません

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