なんてことない二重唱を|やまえじ
撮影が終わり、楽屋に荷物を取りに行き、そのまま次の仕事場に向かおうとビルのなかを歩いていたら急にふは、と瑛二が息だけで笑った。次の現場のスタッフさん誰がいるっけ、とか、今日の夕飯どうしようか、とか。話していたのはたわいのない、突然ふきだすような理由は少なくとも大和には見出せない内容だったので、思わず、なんだよ、と語気が強めになる。そんなに怒っていないのにちょっと疑問に感じているだけでも脅しているように受け取られがちな大和の喋り方に、慣れきった瑛二はまったく怯むようすを見せない。それどころかまだ収まらずくすくすと笑っているものだから、さすがにちょっと、早く答えを言えと問い詰めたくなる。
「あっ、そんな怒るようなことじゃなくて。えーと……ちょっと気づいたことがあって」
「早く言えよ」
「うん。俺、そういえば今いつものペースで歩けてた」
「……そんだけ?」
「大事なことだよ。俺、大和の隣にいる時はいつも早く歩こうって意識してたんだから。大和のペースに自然とついていけてるから、嬉しくなっちゃって」
思い出すのは出会ったころだ。身長差、年の差、性格の違いも関与しているのかも知れないがとにかく大和は歩くのが早く、反面、瑛二は遅いほうだったので、どうしてもふたりで一緒にいると歩くペースが合わなかった。大和はなるだけ後ろを見て必要であれば遅くしたり止まったりして、でも瑛二はいつも追いつこうと足早で必死で、瑛二の負担のほうが大きかったように大和には見えた。
「おまえは早くなって、おれはおそくなったってことだろ。瑛二のペースになれた。おれも意識せずにおそくできてたからな。で、ちょうど同じ速さになった」
「……ふふ、ずいぶん長いこと、一緒にいるもんね?」
「いちばんな」
「いち……!?」
「ちがうか」
首を勢いよく振れば、やわらかい髪がふわりと揺れる。
「ううん、違わないよ」
こういう時、はっきりと目を見て、凛とした物言いでくるものだから。
いじり甲斐がなくて、たまには年下らしいところも見せろよ、とちょっとだけ思うけれど、そこも好きだなあと思う。
同じ歩幅に、重なる靴音。まるでデュオみたいだねと瑛二が言って、顔を寄せて笑った。
0コメント