やまえじ

 「すきだな、大和のこと」
 出会ってまだ間もない頃、レイジング鳳が用意したレッスンのためイギリスに滞在していたころ、瑛二にそう言われたことがある。前後で何をしていたかはもうよく覚えていなくて、公園にいて、周り一面にあった緑と瑛二の髪が、さらさらと強い風で靡いていたのだけは記憶に残っている。
 当時は、本当に出会って間もないころで、交流も含めてのレッスンだった。だから大和はなんの疑いもなく、グループの仲間として受け入れてもらえたのだと解釈した。
 思い起こせば、あれはもっと違う意味を含むものだったのではないか。最近よく流れている瑛二が出ているチョコレートのCMで「すきだよ。」というありきたりな告白の言葉を目にするたび、それと似た熱さを、あの英国の地で耳にしたような気がしてくるのだ。雑誌のインタビューで瑛二があのCMについて「目の前にすきなひとがいると思って演じました」とはっきり答えているものだから、なおさら。
 けれど、そうだとしても。瑛二は出会ったころはこれこそまだ十五にも満たない子どもで、憧れや羨ましさを、恋心と履き違えてしまっただけなのかも知れない。なんて。
 仮定に続く仮定を繰り返してもしょうがないし考えるのはそもそも性に合わないとベッドを飛び出してランニングに繰り出した。
「すきだな」
 夢に見て飛び起きた深夜三時。耳の裏にこびりついたみたいにあの声が消えてくれない。漢字も公式も、ぜんぜん覚えられなかったというのに、これだけは。
「お帰り、今日は早いね」
 二時間ほどランニングを終えて帰ってくると、瑛二キッチンにいた。夏は育てている草木の世話を日が昇る前にやるために瑛二が早起きで、この時間に起きてくるのをすっかり失念していた。なんとなくうまく話せない気がして、いまはすこし、会いたくなかった。
「飲む?」
 大和がいつもランニングのあとに飲んでいるスポーツドリンクを指しているのだろう。瑛二とは朝によく鉢合わせていて、この時間の大和のトレーニング内容を瑛二はほぼほぼ覚えているようだった。
「はい」
「サンキュ」
 手渡されたベットボトルをこじ開けて(本人は軽く開けているつもりだ)、ぐびぐび飲んでいるとねえ、といつのまにか距離を詰めていた瑛二は、胸元に息がかかりそうなぐらいにさらに近づいて、首をあげて大和をしっかりと見上げてくる。
「覚えてる?」
 あ、と思った。これはあのCMと同じ視線だ。だから。
「……よくわかんねえけど覚えてねえ」
「大和嘘吐いてる」
「ついてねえ」
「だってそんなプイって、露骨に視線逸らさないよ。いつもなら」
 「なんのことかわかんねーからだろ」
「出会ったばかりのころ、イギリスで……俺大和に言ったよね。好きだなって」
 なんでよりにもよってこのタイミングで切り出してくるのだろう。何か瑛二は持っているとは前々から思ってはいた。底の知れない潜在能力もだけれど、本番にとびきり強いところも。
「今なら、本気だって思ってもらえる?」
 ぴったり、三秒。沈黙が流れた。
「瑛二がじょうだんで告白なんてするやつじゃねえって知ってる」
「うん」
「だから、ちょっと待ってろ。おれにも考える時間も必要だし、」
「待たないよ、俺」
「よしいい子だ……はっ?」
「待たないから! 覚悟して!」
 着ていた服の胸元を思い切り引っ張られて、思わず屈んでしまいそうになるが、なんとか踏みとどまる。単純に筋力の差が如実に出てしまった。大和からしてみれば不意打ちでもびくともしないぐらい瑛二のちからは弱い。作戦が失敗したらしい瑛二は羞恥で顔を真っ赤に染めていた。
「あー…….なんだ、その……。屈んだがよかったか?」
 気を遣ったつもりで、 いまいちばん言ってはいけないことを言ってしまった。
「……大和の馬鹿!」
  するりと横を抜けていく。引き止めようと腕を伸ばしたが、うまく躱されてしまった。
「俺、待たないからね」
 ぴしゃりと言い放って、颯爽とリビングを去っていく瑛二に、よくわからないまま「おー……?」と呑気に返事をした。






walatte

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