委ねてあげる|十空

 十四が空却のもとで修行するようになってから、きっかけはもう忘れてしまったが、伸びるのが早い空却の前髪を整えるのがいつしか十四の役目になっていた。
 ぼんやりと、わざわざ美容室に行くまでもないしなあ、と呟いたの覚えている。そういえば通っている美容室だって十四が紹介キャンペーンをしていてすごくいいからとおすすめされて同じ美容師にしてもらうようになって、ピアスだのシルバーアクセサリーだの、過ごす日数が増えるごとにお揃いのものが増えていた。師弟関係であるのだから、どちらかというと師匠である空却の指向に十四が合わせるほうが『らしく』はあるのだが、十四が提案してくるアクセサリーや服はいつでも空却の好みで、実際びっくりするぐらいしっくりくるのである。引っ込み思案なところはあるが、人を見る目には長けているしセンスもある。あとはその根性さえ叩き直せば相当の大物になるだろうと、成長に期待せずにはおれなかった。
 ただ一度許してしまうと遠慮なくグイグイと踏み込んでくるのはたまに意義を唱えたくなる。獄もきつく言ってるのに全く聞かない。しかも本気で拒絶される境界線はきっちり弁えた上で乗り込んでくるのだ。図体は大きいくせにたまにしゅんとちいさな生き物のように項垂れるのがとにかくずるい。チーム内で最年少というのを最大限利用している。
 ──要するに。甘え上手で、かわいい、のだと思う。
 十四はミリ単位で空却の前髪を気にしており、今日も、一週間ほど前に切ったばかりだというのに修行のあと切りませんか、と誘ってきた。特に予定も入ってなかったので好きにさせることにした。
 最初は十四が持っていたハサミも専用のものだったらしいのだが、安物だったらしく、気がついたら新調されていた。訊ねれば頻度が増えたから美容師サンによりいいヤツを教えてもらって買いました! と喜んで報告してくる。決して安くはないのは美容室に行った時に紹介される商品の値段から推測できた。わざわざそこまですることはねぇよと口にすれば、自分がしたいんです、と真っ直ぐなひとみが空却を捉える。空色のひとみは、もう空却が失ってしまった何かを持っているように輝いて見えた。
 いい目だ。そう思ったしまったら最後、それ以上は何も言えなくなってしまった。
「お前獄のもやってんのか?」
 切る前にふと思いついて聞いてみると、ふるふると十四は首を振った。
「あの髪型はさすがに素人じゃ難しいっすね」
 それは確かにそうだな、と納得する。
 空却の部屋、畳の上、ふたりのあいだに新聞紙を広げた。黒くて大きい──恐らく他にも化粧品がたくさん入っているのだろう──箱からハサミを取り出したので、目を瞑って待つことにする。
 だが、少し待っても十四が動く気配はなかった。はあっと恍惚感に浸るようなうっとりとした吐息が聞こえて、それから。
「ほんとにきれい……」
 ハサミのじゃきんという音と被って、十四の言葉はよく聞き取れなかった。
「自分、この時間がほんとに好きで。次も、約束させてくださいね」
「……おー、好きにしろや」
「はあい」
 約束しなくてもいいンだけど、と瞼を落としたまま空却は思う。家族である十四が望むのであれば、前髪においては一生世話をしてもらうつもりでいた。
 言わないと十四は気づかないだろうからいつか伝えはするが、その日がいつになるのかは十四の成長次第だ。

walatte

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