おんなじきもち|ジュンひよ
*年齢操作、成人したジュンくんの喫煙描写(役作り)あり
事務所にある喫煙所に訪れたジュンを、茨は珍しいですねえと愉快そうに笑って迎え入れた。うーっす、と挨拶をしながらライターを取り出し煙草に火をつけようとするが、ライターを何度もかちかちと入れ直しなんとか火を点ける。向かいにいた茨がにやにやしながらこちらを見ている。
「おやぁ、おやおや。ジュン、もしかして煙草デビューしたてですか」
「デビューってか、まだ吸い始めて三日ですし、一時的なものですよぉ〜。次出るドラマで演じる子が、ヘビースモーカーなんで」
「真面目ですねぇ。吸ってるとそのうちクセになっちゃうかも知れませんよ?」
「やー……オレにはどうにも合いそうにないっす。味も、片手が使えなくなるのも。それぐらいなら筋トレします」
「ストイックですねぇ。……あれ、なんですかそれ」
ジュンが足元に置いた荷物には、大きな紙袋があった。その中にはビニール袋に包まれた衣類が――よく見てみれば以前目にしたことのあるジュンの私服のようだった。茨は目をぱちくりとさせる。そういえば確かこの後Eveとしての仕事が入っていたが、いちいち着替えなければならないような季節でも仕事内容でもなかったはずだ。
「着替えの服ですよ」
と、予想通りの答えが返ってきて、あー、やっぱり、と煙草を灰皿にとんとんと落としつつ納得した。ジュンが煙草を吸うだけでここまで気を遣う相手なんで世界中でひとりしかいないだろう。
「おひいさんがさぁ〜、煙草のにおい嫌いっぽいんすよ」
「嫌いそうですねぇ〜。というか、言われたわけではないんです?」
ジュンは一瞬言葉を詰まらせ、それからどこか罰が悪そうに話す。
「や、言われてはねぇですけど……。……えーと、ちょっと近づいた時に、その、ぴたりと一瞬止まったんですよね。あのひと」
「ちょっと近づいた時」
「いや、あの……。……別になんでもないんすよ?」
「ああー、はいはい判りました。(心底どうでも)いいですよ、気にしません」
「まあ元からアロマ焚いたりする人なんで、香りにはうるさそうだし。なのに、言わないんですよねぇ」
「ジュンが何故吸っているか知ってるんでしょう」
「でしょうね」
さすがに高校生のころから相方として、成人しても活動を続けていくなかで下手したら本物の家族よりも多い時間を過ごしたかも知れない――そんな相手のことを、いくら鈍い鈍いと言われているジュンでも判ってくることだってある。
ちょっと近づいた時――それはもちろんベッドの上で日和を抱きしめたときだった。ぴくりと本当に一瞬だけ、日和が固まったのだ。そしてそれをなかったことのするようにくちびるに噛みつかれたので、ああはぐらかされたんだなと思った。未成年のころだったら、それであっさり誤魔化されていたのかも知れないが、さすがに相方を舐め過ぎである。
今度、きっちりベッドの上で教えてやろうと思っている。ベッドの上なのはそこで行為を踏まえないとどうしたって口では日和に勝てないからだ。そこは何年経っても――恐らく一生、変わりそうにない。けど変わったんだって、判ってますよって言ってやらないと伝わらないのなら、何度だって言ってやる。
「この後歯磨きして、着替えて、テレビ局で合流です」
律儀ですねぇ、と口内から煙を吐き出す茨の声は、褒めているようには響かなかった。自分でもちょっと驚いている。
当たり前のように献身的な自分に。
「わざわざ着替えたの?」
楽屋で会った日和の第一声はそれだった。するりと白くて細いてのひらがジュンの髪の毛を横から後ろへを梳いていく。なんだか毛繕いみたいだなあと思いつつも気持ちよかったので大人しくしていたら急に顔を近づけてきて髪のにおいを嗅いでくる。盲点だった。さすがに髪は洗っておらず、においは落とせない。
「気にしなくていいのに。仕事だって知ってるね」
「オレも知ってますよ」
「なにを?」
「あんたが好きじゃない香りを我慢してるの。これはオレが勝手にやってるだけなんで」
「ぼくがいいって言ってるのに?」
「はい。あんたにはオレのことで、我慢してほしくないんで」
日和が巴家のなかでどんな風に過ごしているのかは知っている。日和はEdenを家族と呼ぶ。それなら、せめてこっちではありのままであってほしいと思うのだ。
「言いたいことは理解できるし、嬉しいね」
でも、と日和は続ける。
「ぼくがジュンくんの仕事の足枷になるのは嫌だね! 本番まで時間がないのに、わざわざ着替えたりしてる時間があるの?」
「……ちゃんとやってますよぉ〜。もうそんな子どもじゃないっす」
「あはは! ぼくにとってはいまでもきみは、かわいい子どもだね」
話しながら習慣で抱きついてくる日和をすかさず両腕を自分のそれで掴んで止める。日和は自分をかわいい家族だと呼ぶけれど、そんな真っ当なものではないだろう。家族なら、セックスしないし、そもそも興奮する対象にすらならない。煙草のにおいが移るからと自分で止めておきながら、抱きしめたいしその先もしたくて必死に自制する必要も。
「ジュンくんのくせに生意気!」
「はいはい。抱きつくのは仕事終わってオレが風呂入ってからにしてくださいねぇ〜。……あんたから煙草のにおいなんてしたらスタッフが噂しちまいます」
「役作りで煙草を吸ってるジュンくんのにおいが移ったんだ! Eveがデキてる! って?」
「……まぁ、そんな感じですか、ねぇ、……っ」
日和は掴まれた手は動かさずに、顔だけ前に乗り出してジュンのくちびるを奪う。不意打ちに手のちからを緩めそうになったがなんとか持ち直す。
「歯磨きはしたんでしょう?」
びっくりした。不意打ちでも、すぐにまたキスされたことにでもない。
日和の、もう一秒でも待てない、欲しくてたまらないといったかお。熟れた頬に熱い視線は、ベッドの上にいる時のそれだった。
ああ我慢してるのは自分だけじゃなかったのか。ホッとして、同じ気持ちなことが嬉しくて、ジュンはこくりと深く頷いた。キスだけならと了承する仕草に、日和は満面の笑みで顔を近づけてくる。
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