「愛」「嘘」「指先」|ジュンひよ
「愛してるね、ジュンくん」
ジュンが欲しいであろう言葉は、だけれどまるで嘘のようにジュンには響く。
すっと伸ばした指先はいとも簡単に日和の頬へ届く。拒否するようすは一切なく、日和はそれを受け入れる。だというのに、ジュンのこころはちっとも満たされない。むしろ風船に刺された針の穴ぐらいの空洞が、いまやどんどんおおきな穴になってきている気がする。
ジュンは日和に恋をしていた。
それを告げたら、うん、ぼくも愛してるね、と言われた。触れることも許されている。何度だってからだを重ねた。正直、もうオレなしじゃ生きていけないんじゃないだろうか、とジュンが真面目に考えるぐらいに。
日和はジュンを好きだというが、思いあっているような手応えを感じることがジュンにはなかった。むしろずっと平行線で交わったことなど一度もないのではないのだろうか。キスしても、抱いても、むしろどんどん物足りないと思ってしまう。気持ちをこんなに伝えているのに、素通りしているような感覚。
『死んでしまいそうだ』
疑問は膨れあがり、悩みとなり、ずっと考え続けていくうちにひとつの仮説にたどり着いた。あの光り輝く夜。北斗が言っていた言葉。ジュンは、日和を庇って死んでしまいそうだ、と物騒な内容とは裏腹に、淡々と真顔で告げた北斗の声が、いまでも耳にへばりついている。
あれが本当なのだとしたら、きっと日和がジュンに向ける感情は、限りなく愛に似通ったもので、恋ではない。相手のために死ねるという感情を、少なくともジュンは恋とは思わない。それは家族に――例えば親が子どもに、兄が弟に抱えるようなものだろう。
その仮説にたどり着いた時に今までバラバラだったパズルのピースがかちりとはまった音が確かにして、ジュンは泣きたくなった。
ジュンが日和に抱くような、肩が触れ合ったときに心臓が高なったり、ベッドの上で分かち合うとき理性がじりじり焼けていくような興奮を覚えたり、会えない夜に会いたいと願うことも、日和にはきっとない。そうなっている日和を、一度も見たことがない。その事実があまりにも哀しい。
「――どうしたらオレに恋してくれますか、あんた」
伸ばした指先はいとも簡単に日和を捉えるけれど、それはきっと嘘なのだ。日和には、届いていない。
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