「春夏秋冬」「記憶」「爪先」|ジュンひよ
最近のブームはおひいさんの表情を春夏秋冬、いわゆる季節にたとえることだ。
「ジュンくんジュンくんっ、ネイルがはみ出てるね……悪い日和!」
そう言って寮のフリースペースで優雅にソファに座りながら怒る姿は、さながら夏のようだった。溌剌としていて、光線のように真っ直ぐ届く大きな声。
それをおひいさんには言わないまま、オレはオレとおひいさんの間を挟んでいる硝子のローテーブルに置いてきた透明な丸い箱に敷き詰められている綿棒を一本取り出して、はみ出た部分を丁寧に拭き取る。オレのよりずっと白くて細くてぷにぷにしている指の先は、先ほど塗った透明はネイルが部屋の明かりに反射してつやつやと光っていた。
おひいさんは満足したのか黙ったまま爪を眺めている。このおひいさんは、秋。おひいさんは喋らなければ正直かなり美人でそれこそ何かの芸術品のようだからだ。ほら言うでしょう、芸術品の秋って。
オレがおひいさんの爪のケアをしているのはそれこそEveを組んだ頃からで、オシャレというより爪を割れないようにするためだと話していた。だけれど誰にも爪に触れるのを許すわけではないようで、スタイリストさんにも何度か塗りましょうかと声をかけられていたのに必要ないねときっぱり断ってはみ出しまくって綺麗に濡れないオレをご指名してくるのだから、相当な物好きたと思う。
ESの寮にきてからは、いつも誰かしらいるこのフリースペースのソファでやるよう命令された。必ず誰かが通って、何やってるんですかだの興味深そうに話かけてきて、それに日和は機嫌がよさそうに軽やかに答えている。
『爪をジュンくんに塗らせているね! ほらぷっくりして、ツヤツヤして、いいでしょう?』
別にどちらかの部屋でやってもいいのに、ここを選ぶのはオレがおひいさんの爪を見る姿をみんなに見せたいようだった。みんないつものようなEveはいつも一緒だね、仲良しだねと笑顔で話すだけで、なんの特になるのかはさっぱりわからない。なぜかみんな、お邪魔しちゃったねと罰が悪そうな顔をして最後は去るのだけれど。
「……そういえばこれ、昔は誰にさせてたんすか?」
「おべっかを使う誰かだったか、使用人だったか……。忘れちゃったね!」
記憶力がオレの数百倍あるおひいさんが忘れたなんてありえない。そんなおひいさんが忘れたふりをするのはこれ以上、話したくない理由がある時なんだろう。というのをこの一年でさすがのオレも学んだ。そしてその一線を示した飾られたような笑顔は、冬、のような強かさを持っている。
「今はジュンくん以外にしてもらう気はないから、安心して?」
「ん、そうしてください。あんたのことはなんでも」
オレ以外のひとがするとおひいさんがアレコレ文句つけて相手から嫌われかねませんしねぇ〜。というのを付け足そうとしたけれど、その前に見上げた先にいたおひいさんは、ぽやっとして、なんだか春の訪れのような顔をしていた。
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