止まり木の呪文|りつまお

 ──ステージのなか。声が、星の数あるんじゃないかと思えるぐらい、飛んでいる。流れている。凛月めがけて、たくさん。
 昔は家族ぐらいしか呼ばない、意味なんてなかったこの名前も、だいぶ変わってしまった。凛月、凛月くん、と聞こえてくる声には色んな色と重みがある。好き、大好き、応援してるよ、おめでとう、愛してます、ありがとう、生まれてきてくれて──。
 そんなひとつひとつの声をしっかりと鼓膜で受け止めて、凛月は感謝の言葉を口にする。客席が歓声で沸き上がった。スポットライトも客席も、用意された白いケーキも、何もかもが眩しい空間だった。
 ライブと打ち上げを終えて、スマホに入っていたメッセージの通りに寮のキッチンに向かうと、真緒がガスコンロの前に立って待っていた。
「誕生日おめでとう、凛月!」
 快活ではきはきした声が凛月にまっすぐ届く。ありがとうと返して凛月は椅子に腰がけた。テーブルに頬杖をついて待っているとほどなくして出てきたのは味噌汁を入れる器に入ったラーメンだった。麺は普通のそれよりずっと細く、食べやすくなるよう配慮してくれた、お手製のそれだとすぐに判った。
「甘いの飽きたかなって」
 それは確かにそうで、Knightsのライブではケーキ、打ち上げでは司の趣味で取り寄せられた駄菓子をたらふく食べさせられて、もう甘いものは三日は食べたくないと思っていたところだった。
 ふー、と冷めるよう息をかけていると「元からそんな熱くないよ」と向かいに座った真緒が声をかける。確かにそんなに熱くなさそうだ、と口に運べば、薄い塩味が口内に広がった。疲れがとれるような、刺激の少ない、優しい味だ。
「りつー、美味い?」
「おいしい。……あと、今日はそっちじゃない方で呼んで」
「そっちじゃないほう?」
 きょとん、と真緒は大きいひとみをぱちくりとさせる。察しのよくない真緒に、でも気付いてほしくてじいっと見つめてみる。気づいてほしいのだと、そんな思いが通じたのか真緒は「ちょっと待って。考えるから」とユニットのメンバーのようなことを言い出した。
「……判った!」とぱあ、と顔を明るくして
「りっちゃん! これだろ!」
「ふふ。せいかーい」
「でもなんでまた」
 小さな器にあった麺はあっという間になくなってしまい、残すはスープだけだ。ラーメンというよりは、スープに麺を入れたアレンジ品のようだった。普通に残りも飲めてしまいそうだなと思っていると、うん、と肯定するように頷かれたので、器を口に寄せて飲み干す。軽い塩味のスープはするりと喉を通っていった。
 ことりと器を置いて、真緒の問いに答える。
「……『凛月』は、もう色んな色や重さを持ってるから」
 不特定多数のひとたちが愛を与えくれる。それはとても幸せなことなのだけれど、もう何の色も重さもないころの呼び名には戻れないのかも知れないとも思う。
 『りっちゃん』という真緒にしか使われないその呼び名には色も重さも何もなくて、だから休んでいいよ、と言われているみたいで心地よかった。何にもなっていなくていい、ありのままでいられる。
「そっか。判るかも」
 真緒は凛月の完食が嬉しいのか機嫌がよさそうだった。
「俺もさ、凛月に『ま〜くん』って呼んでもらえると安心するよ。アイドルのことも学校のことも忘れて、ちょっと休憩してもいいなって思える」
「そう……そう! 判る」
 真緒をそう呼ぶひとはもう凛月以外はいなくなってしまった。呼び続けていてよかったと過去の自分にこころから感謝した。
 凛月はじんわりと胸があたたかくなる。真緒の安らぎになれているのなら、嬉しい。
「判るよ」と、もう一度凛月は繰り返した。
「はは。凛月とあんま共通点ないから『判る』があるって嬉しいな〜? おんなじ気持ち、ってことだもんな!」
「……うん」
 ラーメンより、同じ気持ちがあったことが嬉しいと伝えたら怒るのかな、喜ぶのかな。恐る恐る伝えてみたら、キッチンの電球より眩しい笑顔が待っていた。

walatte

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