午前零時|ジュンひよ

 頬から耳まで真っ赤にし、目をとろりとした姿は、誰がどう見ても一目で泥酔していると判るほどだった。
 都心にあるふたりで暮らすには広すぎる高層マンションの一室。
 次世代の入寮者が増え、さすがに満杯になってしまったESから退寮したジュンと日和は、そこにふたりきりで暮らしていた。相棒であるふたりが、まだまだジュンは未成熟だと豪語する日和とジュンが、共に暮らすことを疑問に思われることはなかった。
 元からふたりは一心同体と謳ってユニット活動を行っていた。だからそこに肉体関係やユニットと相方だけではない感情が行き来していても、当人たち以外誰も知る由はなかった。
 成人したジュンは、たいして強くもないのに付き合いでよく酒の場に参加していた。日和の教育のおかげで礼節正しいジュンは、当然関係者からの評判も良い。そして頻繁に誘われることになるのだな、未成年という断る理由がなくなってしまったせいか最近では日付が変わってから帰ってくる日の方が多い。
 記憶力の良い日和は、そんな状況を当然把握していた。だからこそ、玄関先でふらふらとして足付きで日和の肩に頭を擦り付けて酔いをやり過ごそうとしているジュンに何をやっているのを叱りつけたくなるのだが。
 同時に日和は知っていた。ジュンが断らずに飲み会に参加する理由を。
 コズミックプロダクションは次世代の育成にも力を入れており、以前は秀越の傘下のような存在だった玲明学園の生徒にもチャンスが訪れるよう、評価制度が見直されたのだ。それがESが始まった年のこと。それ以来、玲明学園で優秀とされた人材がコズミックプロダクションに、ESの寮に入ってくるようになった。
 ジュンは同期や、その後輩たちの教育や支援を熱心に行っていた。そして業界でトップアイドルとしての立場を手に入れたジュンのバーターとして、その同期や後輩は同じ現場に入っていた。
 ジュンより年下で、未成年の後輩が飲み会に誘われて、人によっては当然洗礼を受けてしまうことになっただろう。
 アルコールハラスメント。
 それを、ジュンが大人の世界だから諦めろと受け入れさせるはずがない。オレが飲みますだとかそっとグラスを取り替えたりしてやり過ごしているに違いない。光景がありありと目に浮かぶ。結果、自分が飲める以上の量を飲み、潰れることになってしまうのだが。
 日和がSagaでジュンに語った『自分が幸せであることを不相応だと思うのなら他の誰かに施せばいい』という言葉を、まるで刷り込みのようにジュンは律儀に実践していた。
 日和は忘れたかのようにしていてジュンの行動を指摘も否定もせず、ただ、見守っている。
 実は、泥酔したジュンが真っ直ぐここに帰ってきたのは初めてジュンがそうなった日以来だった。
 と言うのも自分が酔うと自制が効かずにあられもない姿を晒してしまう自覚があるジュンは、プライベートで仲の良い真緒だとかみかだとか晃牙の家に転がり込んで、落ち着いてから帰ってくるかそのまま泊まっているのだ。
 なんでそうしてまで日和を避けるのかは簡単で、単純に酔って何も考えずに帰ってきたジュンが翌日に響くほど日和を抱きつぶしてしまったからである。
 目を覚まして乱れたシーツと日和の悲惨な姿を見た後の、ジュンの血の気の引いていくさまは忘れられない。
「……すんませんでした。二度としません」
 動物の耳があったなら間違いなくしゅんとうな垂れていたでたろう落ち込むように、日和はまぁ仕方がないねとそれ以上言及はしなかった。
 酔っていたのがきっかけだったとしても、いつも嫌味を言いつつも従順なジュンがなりふり構わず自分を求めてくれたのは嬉しかったし、それに値する魅力が、当然自分にはあるのだから仕方ないのだ。
 擦り付けられた硬い髪の毛と「おひいさ〜ん……」と呼んでくるいつもより滑舌の弱い拙い発音を愛おしく感じながらはいはいと日和は返事をした。
 時間は零時半。友人の家に寄ってくると午前二時を回っている。本当に解散して真っ直ぐに帰ってきたのだろう。
 日和はジュンが他の友人の家に寄って帰ってくるのを当然面白くないと思っていた。今すぐ辞めるように言ってしまいたかった。
 けれどジュンの行動原理は間違いなく日和の心体を慮ったからこそで、そうなると頭ごなしに否定することもできずにどう繰り出そうかとあの手この手を検討していた頃合いだった。どういう意図でジュンが真っ直ぐ帰ってきたのかは知らないが、いい機会かも知れない。
 日和の思考回路を読んでいるはずもなく、突然ジュンの手が日和の腰に回す。太腿に擦り寄せられたそこは間違いなく反応を示していて、鼓動が速くなる。まだ何もしていないのに。
「おひいさんの、おひさまのにおい……」
 嗅いでたら、なんか、と掠れた声が続けた。
「ダジャレじゃ、ないですよぉ〜……?」
「うん、判ってるね」
 どく、どく。静かに胸の奥で鼓動が高鳴っている。肩に蹲っていた後頭部の重みが消え、はあっとアルコール混じりの熱い吐息が日和の耳に入り込む。そして部屋の空気が一気に湿ってしまうような、甘い透明感のある声でジュンは囁いた。
「おひいさん、──……したい」
 日和はずっと、この瞬間を待っていた。
 だって出会った頃に告げたように、あのふたりでの寮の部屋が家族のように安心できるような場所になってくれたらいいねと話していたように。
 この部屋だってそうなのだ。ジュンにとって何よりも安心できる健やかな拠り所であってほしい。弱ったとき、何かあったときに、何も気にせず帰ってこれる場所になって欲しかったから。
 日和にたいして理性を保てなくなるかも知れない配慮よりも、ぼくとの住処に対する執着の方が勝ってほしかった。
 だから、日和の答えは初めから決まっている。
「──いいよ。好きにしてごらん」
 日和だって、ジュンが日和を思いやるのと同じぐらい、自分のことで遠慮なんかしてほしくなかった。少なくとも家族はそういうものだと、日和は夢を思い描いている。
 乱暴に剥がされるブラウスも噛みつくようなキスも、今は日和を高めるスパイスにしかならない。押し倒された廊下の床は冷たく、けれどそれも今は全く気にならなかった。

walatte

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