After,Another Story|燐一


 一彩の誕生日パーティは事務所内で行われている。別事務所である燐音は仕事が被っていることもあり、一彩から誘われていたが行けそうにないとあらかじめ断っていた。
 だからこそ朝イチで待ち伏せしたし、おめでとうと言ったし、プレゼントも渡した。
 自分には必要ないと受け取ってもらえなかった数年分。
 置いていった渡せなかった数年分。
 それも込めて買ってみたらニキは値段を聞いて「給料数ヶ月分!? ……って、結婚指輪っすか……?」とドン引きしておりまぁそれはシメたからいいとして、そう言えば前ニキからそんな話聞いたことがあったっけ。
 そのような意図は全くなかった。選んだのはネックレスだし、そもそも都会に出てきて一年も満たないかわいい一彩はそんなこと知らないだろうから問題ないだろう。このブランドの値打ちは恐らく藍良を通してバレてはしまうだろうが、兄からの渡せなかった年の分だと遠慮なく受け取ったままでいてもらいたい。
 仕事を終えてユニットのメンバーはそれぞれ帰路につき、燐音は珍しくそのまま寮に戻った。食堂で晩御飯を食べて、それから軽くES内のジムで運動をしてシャワーを浴びる。風呂に浸かる前に散歩でもしようかと中庭に向かった。
「……兄さん!」
 驚いた。辿り着いたところで後ろから声をかけられた。
 この呼び方をする人間は世界でひとりしかいない。
 もこもこの上着にイヤーカフにマフラーとばっちり防寒装備がされているが、普段一彩が着ているファッションとは志向が違っており、藍良の私服であろうことは容易に推測できた。
「兄さんを探しに行くと言ったら、藍良に着せられてしまって」
 鼻まで真っ赤にしている。
 藍良にはきっと止められて、それでもきかなかったから渋々着せられたのだろう。
「連絡すればよかっただろ」
「したよ! けれど電源が切れてて繋がらなかったから」
「あー…ジムん時切ってて、そのままだったわ」
「鍛錬をしていたんだね! お疲れさま」
 この庭に来たのはなんとなくで、一彩はよくここに兄がくると予測できたと感心する。都会に出て人間性なんて変わってしまったと思っていたのに、まだたくさんの残滓がある、変わらないものがあるということなのだろう。
「これ、ありがとう兄さん」
 渡した紙袋を一彩は持っていた。
「すごく嬉しくて、勿体無くてつけられないとみんなに言ったら、それがもったいないと言われてしまったんだ。だから、今日だけでも身につけたくて……兄さんにつけて欲しい!」
 紙袋から箱を取り出して、そっと箱を開ける。入っていたのはシンプルなネックレスだ。
 燐音はそっぽを向いた。一彩の「兄さん、」と呼ぶ声は、さっき呼び止められたより少し弱い。「我が儘だっただろうか、」消え入りそうな声が続く。
「……マフラーしてるとかけらんねェんだけど?」
「!」
「とりあえず寮戻るぞ」
「本当だ……! 兄さんを探すのに必死で失念していたよ!」
「あと寮戻ったらココアな、ココア。あったまってから」
「駄目だよ! 日付が変わってしまう」
「そこ拘ンの? じゃァ、ミルクあっためながらな」
「ウム。それなら問題ない!」
「あァ、そう……」
 機嫌が良さそうにステップを踏む一彩は、歩く燐音を数歩先に追い越していった。くるりと振り返り、そうだ、と思いだしたように振り返った。
「兄さん。僕の兄でいてくれて、ありがとう」
 お前は何にでもありがとうと言う。
「貴方が兄でなければ今日僕はきっとここにいない。笑ってもいない、もしかしたら生きていなかったかも知れない。……だから、ありがとう」
 ……誕生日だと。生まれてくれてありがとうって感謝するのはこっちじゃないんだっけ。一彩らしいと言えば、そうなのだけれど。
 誕生日だしたまには素直にとどういたしましてと微笑む。すると弟の顔はたちまち綻ぶ。寮の灯りはすぐ目の前まで来ていた。


walatte

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