Yes,my dear.|鳳兄弟
父と兄にアイドルにならないかと誘われた。
まだ物心のつきあじめたばかりの瑛二にも、父と兄がアイドル活動における目的を違えているのは明確に理解できた。
父はことあるごとに復讐ということばを口にし、瑛二どころか瑛一のことすらもまともに見えていないようだった。父にとって息子たちはライフルの銃弾のようなものだ。見分けのつかない、人を傷つけられる凶器。
反面、兄の、瑛一のことば、瑛二にはよく理解できなかった。ファン、愛、ステージでしか味わえない感動。さいきんよく兄に連れて行かれる、演劇のようなものだろうか、とぼんやりとした想像しかできない。
だったらそのまま俳優にでもなればいいと思った。なぜアイドルでないと駄目なのだろう。
兄が密かに父がアイドルとして活躍していたころの映像を頻繁に見ているのは知っていた。テレビ画面をきらきらとしたひとみで眺めている瑛一は、幼いころからずっと見てきた光景だ。
瑛一のひたすらに真っ直ぐな在り方はいつでも瑛二の憧れだった。あんな風にそのうち自分もなれるのだろう。そう呑気に構えていたのに。
よく穏やかだ素朴だと褒められるけれど、言い方を変えてしまえば情熱がないということになる。瑛一みたいに映像の父親や、活躍しているアイドルにたいして、ひとみに熱が灯ることはなかった。
何も、見つからない。俺を突き動かすようなものには、何も。
でも。やってみたら実際は違うかも知れない。どのみち他にやりたいことも何もないのだし。
……俺なんかでいいのかなって気持ちはあるけれど。やるからには精一杯やってみよう。
数日後、瑛二は父と兄の誘いを快諾した。
ステージの上で、スポットライトにあてられた兄は瑛二のひとみに白く映る。ふだんの圧倒的なカリスマ性を健在させながらも、どこかまぼろしのようにも見えた。
いつか、夢をみたことがある。兄が存在せず、一人っ子だった自分。夢は小学校時代ぐらいで終わったけれど、あの自分はきっとアイドルにはならない。だからアイドルを始めて数年で、こんな笑顔ステージに立つ未来は、きっとない。父親とだって分かり合えていたかどうか。
瑛二の人生には常に瑛一がずっと前に道標としてあった。いつか並んで、ううん超えたいと宣言したのはもちろん本心だけれど、憧れも、尊敬も、だからと言ってなくなったり消えていくわけじゃない。競い合いたいという気持ちが新しく増えただけだ。
「兄さん、」
一瞬の瞬きで、まつげが下まつげに触れたのがスポットライトによって強くなった影で分かった。どこまでも綺麗で純粋な人。そんな人の弟に生まれてこれて、これ以上ないぐらい誇りだと胸を張って言える。
今の自分はきっとあの日の瑛一みたいに、きらきらとひとみに光を燈らせている。
「えっと……あらたまって伝えるのもなんだか恥ずかしいから、歌で伝えるね」
後ろに用意されたキーボードで、綺羅が演奏を始める。生きとし生けるものすべてに当たれられる、一年に一度だけの特別な日を唄う歌。
生まれてきてくれて、ありがとう、と。
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