走り出す|あさふゆ
芹沢あさひと共にいるとき、冬優子は常に選定されている心持ちになる。
できるアイドル、できないアイドル。才能があるやつ、ないやつ。わたしについてこれるひと、ついてこれないひと。
少しでもパフォーマンスを、努力を間違えてしまったら、あの青空のような晴れやかな色をしたひとみが、いつか濁り、その網膜に冬優子を映さなくなる日が来るかも知れないのだと、常に怯え、対抗心を燃やし、自分を奮い立たせている。
ストレイライトとして数回目の小さな路上ライブの時。絶対に負けないからと言うと、あさひは不思議そうに首を傾げていた。
「そんなことを言うひとは……たぶん初めてじゃないんすけど、言い続けてくるのは冬優子ちゃんが初めてっす」
「あっそ。言っとくけど、毎日挨拶みたいに聞くことになるわよ」
「そっすか。──じゃあ、どうかわたしを」
「……え、」
警鐘のように、持ち歌の前奏が流れ出す。それでスイッチが入ったあさひはこれまでの会話すらすべて忘れ去ったかのようにポジションに向かう。慌てて、冬優子もそれに続いた。
アンコールの声が、ファンファーレみたいに聞こえてくる。声に色なんてないのに、ここは舞台裏のはずなのに、なぜだか周りがとても眩しかった。
「あさひ。私はあんたがどんだけ先に行こうと、視界の隅にしがみついてやるから、止まるんじゃないわよ」
「はいっす! 見えるところにだれかいるのは嬉しいっす。いつもみんな、知らないうちに消えちゃって」
アンコールは、あの時と同じ曲だった。ただライブ用にイントロが長く作られている。出番まではまだ時間があり、それは冬優子の記憶を呼び起こすまでは充分な時間だった。
「──ああ、そっか。あの時あんたが言いたかったこと、わかった気がするわ」
「……なんの話っすか?」
「アンコール終わったら話す。あんたはもう、覚えてないんでしょうけど」
──どうか、わたしを。
「ひとりになんてさせやしないんだから。そんな心配すら、させたりしない……」
「冬優子ちゃん……?」
「さぁ、行くわよ」
舞台裏からステージまでの道。先頭に立って歩いているとひょいとあさひが追い越してきた。
「はいっす! 早く追いついてきてくださいっす!」
いつもよりずっと早く立ち位置に着こうとするのでつられて強く脚を蹴る。ちょっと〜! と焦ったように愛依が後ろから速度を上げてきたのが分かった。
明るいほうへ、眩しいほうへ。
三人で、同じ速度で、走り出す。
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