無自覚inst|ジュンひよ
最近日和を見るととつぜん胸に針にでも刺されたような痛みが伴う。同時に、心臓がいつもより煩くなって、からだが少し熱くなる。レッスン室での練習中は日和についていこうと無我夢中になっているから意識しない、できないのだが、終わって休憩に入った時にジュンくん水を買ってきてほしいねと肩に寄りかかられると、触れたところからじわっと熱がいっきに広がっていくような感覚があって戸惑ってしまう。それでも今まではうまくいつも通りに反応できたのに今日はできなかった。嫌味ひとつ言えずに、固まってしまったのである。
日和は今まで見たことのない不思議な表情をして、それからふっと笑った。ジュンの知らない自分のことまで見透かすようなすみれ色のひとみは、色は淡いのに視線はいつも太陽光線のように真っ直ぐに捉えてくる。
自分で処理できない感情をいつまでも抱えておくのは Eveのためによくない。理解はしていたが学園中で嫌われ者のジュンに相談できる相手はいなかったし、唯一できそうな茨も他人の不幸を蜜の味にしてしまいそうでいまいち信用できない。そもそも戦略的なことであれば茨は頼りになるが、人間の感情については、育ってきた環境からして自分とあまり変わらないように思えた。
「きみね」
日和はすっと寄りかかっていた体を離した。少し見上げないと視線が合わない。その差がなかなか埋まらないのが、アイドルとしての実力そのものを表しているように思えて、ジュンは早くその身長を越してたくて必死だった。
「ぼくは辞めといたほうがいいと思うね」
「……え、はい?」
思わず素っ頓狂な声が出た。続いて、えっ、と日和が瞳をぱちくりと瞬かせる。
「きみ、ぼくのこと好きなんでしょう。けどぼくは、きみのことそういう目で見れないから」
「は、……え、そうなんすか?」
「うん? あ、もしかしてまだ気づいてなかった? さすがにそろそろ気付いてるものだと思ってたのだけど」
珍しい生き物でも見るような視線は普通にめちゃくちゃ失礼だと思う。貴族ながらの言動は決して生まれながらの価値観で嫌味だけのものじゃないといいかげんジュンも理解してはいる。
『きみのことそういう目で見れないから』
脳内で響くさきほどの日和の言葉は、遅効性の毒のように、いまさらになってジュンを蝕む。ずきずきと胸が苦しくて心臓から壊れてしまいそうで、味わったことのない痛みに、これが恋なんだ、とようやくジュンは自覚した。ふられた瞬間に自覚するなんてあまりにも格好が悪くて、今すぐ逃げ出したいけど、日和はまだ何が言いたそうだ。
「きみが成長してアイドル活動とプライベート、もっとうまく切り替えできるようになったら考えてあげてもいいね! それまで待っててあげる」
「あんた数十秒前にオレのことふりませんでした? 同情なら、要らないんですよぉ〜。オレならそう言うって……あんたなら解ってるでしょうが」
一心同体、なんですし。
口にはしなかった。日和と互いをそう呼びあってはいても、今話している日和の計らいは全く判らないままで、口にはできなかった。
「うんっ。だからこれは同情じゃないね!」
「じゃあ何すか」
「それはきみ自身で考えなきゃね。正解が判ったら教えて」
軽快にレッスン室から出て行こうとする日和に、もうひとつ、と聞きたいことがあって呼び止めた。くるっと振り返ったゆるいパーマがかかった髪がふわりと舞う。
「オレが切り替えできるようになるまであんたのこと好きかどうかなんて、保証できませんけど?」
やけくその虚勢だった。結局それまでじめじめと好きでい続けるのだろうという予感はあったが、好き放題言われたままなのは正直気に食わない。
「大丈夫だね! ジュンくんがぼくに恋してない未来なんてきっとあり得ないね!」
ぴかぴかの笑顔と大きな声は言葉と同じように主張が激しい。
この笑顔が曇らない限りきっとこの人が好きだし、自分が絶対に曇らせはしないと決めている。だから結局自分の負けなのだろうと確信しながら、ガッデム、といつもの口癖を吐いた。
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