お題:初めて|十空

 ナゴヤという地に生まれながら神社仏閣とは無縁な人生を送っていた十四にとって、空却は新しい世界の扉そのものだった。
 それこそ出会わせてくれた獄の時と似ている。虐められていたころは、状況を打破する方法も救いを求めるやりかたもわからなくて井の中の蛙そのもののように、上から誰か手を差し伸べてくれるのをずっと待っていた。誰かが助けてくれるか自分が壊れるか、その瀬戸際のところで獄に救ってもらった十四はいまはもう虐められることはないが、今でも魘される夜はあるし、傷は死ぬまで癒えることはないのだろう。
 チームを組んだあともラップバトルをするためにはまずは己を鍛えるところからだという空却に言われるがままに、定期的に空却の家へ足を運んでいた。
 精進料理の味も正座も始めは慣れなかった。特に正座はご飯も経たないうちに足が痺れてわんわん泣いてしまいそのたびに空却に怒鳴られたものだが、それもいまはなくなった。雑巾掛けと中庭の掃除、あとはラップバトルの練習を終えても息を切らすことはなくなってきたし、自分でもはっきりの成長を感じている。
 けれどどれだけできるようになっても、たまにやっぱり空却が違う世界の人間に感じてしまうことがある。寺で生まれ育った十九年の歳月が育て上げた僧侶としての洗練された所作や志が空却をどうしても遠い存在のように思わせてくるのだ。実際目の前で精進料理を静かに口に運ぶ空却は、昨日カフェでピザトーストを大口で口に運んでいた人とは別人のように錯覚するぐらいに、全く別の空気を纏っていた。
 十四はそのどちらも、すべてにおいて空却を尊敬しているし、好ましく感じていた。獄が関係が続いている相手なら悪い人ではないと出会い頭で信用していたし、実際は想像していたよりもっと──
「おい十四」
 箸を綺麗に台に揃えておいた空却に声をかけられ、はいっ、と食事の場にしては大きな声をあげてしまった。はきはきとした空却の声が、物事に耽っている十四を一瞬で現実へと戻す。
「……すみません。あと一口で食べ終わります」
「いいけど。それより何考えてた」
「えと……」
 言おうか一瞬迷ったが、全てを見通すような眼差しに十四は素直に答えた。
「空却さんの出会ってから、初めてのことがたくさんだなあって、思い返してました」
「拙僧と? ふうん」
 聞いた割には、相槌は素っ気ない。会話はそこで途切れてしまって、結局食べ終わって片付けを終えるまではこれからディヴィジョンバトルまでどう鍛えていくかという話で盛り上がって、十四は伝えてことすら忘れかけていた。
「拙僧もな。あるぞ」
 帰り際に階段を降りたところで、空却が話題にしてきたころには思わずはてな、と顔に出してしまい、その顔が面白かったのかくつくつと笑いながら初めてのやつ、と説明されて、あ、と十四は思い出した。
「えっ、な、なんですか……?」
 恐る恐る聞いてみれば、わかるだろ、という声とともにスカジャンのポケットに潜り込んでいた手がにゅっと伸びてくる、頬にあたった冷たい感触は十四が空却に似合いそうだからと買い物していて一緒に買ったシルバーリングだ。続いてばっと手を広げてみせれば先日会った時に施した黒のネイルが艶やかに光っていた。
「これも自分ですんの悪くねえし」
 紅い目の際の部分を言っているのだろう。それも十四の薦めでつけ始めて、最初は十四がつけていたのだが知らないうちに空却自らつけるようになっていた。
「あと男とキスしたのも初めて」
「きっ……」
 かあっと自分でも顔が熱くなったのが判る。狼狽る自分を見てけらけらと笑うさまは小悪魔のようでやっぱり寺の仕事をしているときとは全く違って見えた。
「くぅこぉさぁ〜ん……」
「全部事実だろ。お前自分ばっかり初めてみたいに思うなよな。お互いさまなんだよ」
「だ、だって……」
 だって人格を否定される言葉をいちばん多感な時期に浴びせられてきた十四は自分に自信が持てない。空却のもとで修行をして、然るべきときに褒めてもらえて、少しは成長しているように感じていてもまだまだ過程だ。
「まァ、そこは拙僧が鍛えてやっからよ」
 ぐいっと勢いよく胸元を引っ張られて膝が曲がる。空却にしては珍しく、触れるだけのくちづけだった。もちろん嬉しくはあるが不意打ちは心臓に悪いと以前抗議したが、空却は反応を楽しんでおり辞めてくれそうにない。
「自分もそのうち初めての不意打ちしちゃうっすからね」
 顔を真っ赤にして言っても虚勢をはってるようにしか見えないだろう。空却は口元を思い切りつりあげてから「おう」と気持ちのいい返事をするだけだ。滅多に隙を見せない空却に不意打ちでキスするのは至難の業だろうが、これからの未来ずっと共にいるのであれば、いつか必ずできるだろうと、ただあたたかな期待しかない空却との関係がとても幸せだと十四は思う。

walatte

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