ノットバケイション?バケイション!|ジュンひよ
明日は仕事もレッスンもなく、久しぶりに丸一日オフの日となっていた。
Eveの撮影で今日の仕事は終わりだ。それも無事に終えて茨の手配した車で帰っている。ふたりで帰る場合は、いつも必ずジュンの方が十八歳未満という理由で先に玲明学園の寮まで送られることとなっている。
そんなに遅い時間まで長引くこともないのに。生まれた季節はそんなに変わらないのに、一年違うだけで扱いや生活なこんなにも違うのが、ジュンにはたまにもどかしくなる。守られているばかり、というか。年齢のことを嘆いたってどうしようもないのは理解しているけれど。
「明日は来なくていいからね、ジュンくん」
と、突然釘を刺してきた日和に、ジュンはぽかんとしてしまう。いつもはなにかと世話をしにこいと命令してくるのに、珍しいこともあるものだ。
「久しぶりのオフなんだし、きみの過ごしたいように過ごすといいね」
「あぁ……はい。洗濯と掃除がしばらくできてなかったんで、助かりますよぉ〜。でもなんで急に?」
「うんうんっ、そうなんじゃないかと思っていたんだよね! 同室の子はまだ来て日が浅いし、ジュンくんがいろいろ先導してあげるといいね。ぼくの気遣いに感謝するといいね!」
「サクラくんはこっちとESを行ったり来たりで、まだ玲明の寮に慣れてないですからねぇ〜。でも、じゃああんたは明日どうするんです?」
「ぼくも明日は洗濯とお掃除するね」
「…………、あんた、ひとりでできますかねぇ?」
「できるね!」
根拠のない自信をひしひしと感じた。昼前に洗剤がどうだの干し方が分からないだの、連絡がかかってきそうだ。
「いろいろツッコミ入れたいんですけど、判りました。オレも明日は漫画会で借りた漫画に手ぇつけねぇよう、気をつけます。んで、おひいさんより早く終わらせて、連絡しますんで」
「えっ何? 競争したいの?」
「でないとあんた、夕方になっても始めないでしょうがよ? 意外とだらしないんすから」
「意外とひとりでやれちゃうかも知れないねっ。それに明日のぼくは今日よりも輝いて、進化しているしね!」
日和のいつもの自信満々な発言に生返事をしているうちに、玲明学園に着いていた。
お先に失礼します、とお辞儀をして車から降りる。日和は降りず、そのままサイドドアが電動で勢いよくばたんと閉められた。
──もう二度と、一緒に降りることはないのだと言い聞かせるような、音だった。
「おやすみ、ジュンくん」
先に送ってもらったのに、なぜか置いていかれたような気分になった。
次の日、ジュンにしては珍しくゆっくりした時間に起きて、筋トレと朝食を済ませた。昨日はESにある寮に泊まったらしく、帰ってきていないこはくのも合わせるとけっこうな量になった洗濯かごを抱えて洗濯機を回していると、スマートフォンが震えた。そこには「お洗濯終わったね! いい日和」というメッセージと日和が昨日着ていた私服が干されている写真が送られていた。
おひいさんのくせに早ぇ。ってか、普通に洗濯できるんですねぇ。
意外な事実にちょっと驚きながらも、いま洗濯機回してますよー、とメッセージだけ送った。寮にある実質コインランドリーと大差ない風景は、送っても面白みがないだろうと撮らなかった。それからぽこぽことまたスマートフォンが震えて、朝食の写真や、向かいあった食べたらしい巽の写真が添付されていた。
食堂は美味しいし栄養バランスが考えられているし、好きなものばかり摂取しがちな日和にあってよかったと言えるだろう。
ESの詳細が判るまでは、退寮した後の日和の生活にひとりでやっていけるんだろうかこの人、と勝手に不安になっていた。しかしながら実際始まってみれば、日和曰くひ弱らしい英智基準で作られたESは、単身者が生活しやすく、また、アイドルとしてのスキルがこれほどにないほど磨きやすい環境が整っており、安心したのを覚えている。
『お掃除も終わったのでぼくはお出かけしているね。さぁ、どこでしょう!』
掃除は日和より早く終えたジュンは、最寄りの商店街まで来ていた。茨は車はすぐに呼べるようにしておくので好きに使うようにと促してくるが、他人を顎で使うのはどうにも苦手で、結局今日もバスを使った。
ジュンは紅茶専門店を訪れていた。日和にこの一年間淹れるよう命令され続け、飲んでいるうちに自分でも味の好みができた。何より、コンビニやスーパーで売っているインスタントをあまり美味しく感じなくなった。舌が肥えたということなのだろうが、まさか自分でも買い求めるほどになるとは予想だにしていなかったのでいまだに自分でもびっくりしている。
『さぁ、服でも見てんすかねぇ? おひいさんお気に入りのブランド、そろそろ新作入ったんじゃないですか?』
『残念! そこも迷ったけどね……今日は、紅茶専門店に来ているね! ほら、ここ』
送られた看板の写真は、まさしくジュンが訪れているのと同じものだ。紅茶を嗜む人が少ないないES内にも、店を構えているのだ。
こういうのが、ナギ先輩のいう以心伝心ってやつなんでしょうかねぇ。……おひいさんの考えてることなんて、ぜんぜんわからねぇすけど、……それでも。
一年前のジュンだったら紅茶のブランドさえろくに知らなかったし、復讐のことを考えずにこんなにのんびり過ごす休日だってあり得なかった。目まぐるしく変わったものがある。それは日和と離れて生活することになったのもそうだけれど、でもそれだけじゃない。
ジュンも看板の写真を撮る。日和にメッセージを添えて送った。
『やっぱり夕方、そっち行ってもいいですか。オレの好きな紅茶、買ったんで。あと、会いたいんで』
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