アマガミ|ジュンひよ


 白い紙ナプキンをにホールの店員がスプーンとフォークを置いて去っていく。最近見つけた穴場のカフェにはテラスであればペットも連れていけるので午後すぎにメアリの散歩も兼ねてジュンと立ち寄ることが多い。店員には常連と認識されているだろう。今日もテラスの柵に面したテーブルに座り、柵にメアリのリードを繋いでティータイムを楽しんでいた。
 素朴な白色を眺めながら脳裏に過るのは昨夜のこと。うつ伏せにされて頬で感じるベッドの真っ白なスーツ、その冷たくてやわらかい感触。それを涙でぐちゃぐちゃに濡らして、刺激をやり過ごすようにぎゅうとしわくちゃに握りしめる己のてのひら。そしてそんなことに一切構わない──構うことのできないリミッターの完全に外れた状態になっている上にいる飼い犬、そしていまはただの制御の効かない獣。
 背中の肩甲骨を輪郭を確かめるように舐め回し、それから噛む。
 がじ、がじ。
 痛みを与えるような勢いなはなく甘噛みのようなものだ。何度も、何度も、確かめるように噛んでは「……よし、羽ねぇな」なんてぽそりとジュンが呟く。それは日和の躾けられたジュンとは違う──実家にいるような、何も繕っていない本当に小さな声だったが、日和の耳にはきちんと届いていた。
 もうfineではないのだから羽なんてないし、あったとしてもきみを置いて飛んで行ったりなんてしないのに。
 そんなことを思い起こしながら運ばれたきたケーキと紅茶を口に運ぶ。ジュンは同じくケーキと、蜂蜜入りのレモネードソーダを注文していた。ジュンはレモネードソーダをたいそう気に入っているらしく、お店に入った時も、テイクアウトでドリンクだけ買う時も必ずそれを注文している。
 がじ、がじ。
 例えるならラムネの瓶のような水色をしたラスに注がれた淡い黄色のレモネードソーダを一気に飲み干し、そのストローを齧っていた。
 がじ、がじ。
 噛みながら──間にケーキを口に運びながら、出されたお冷を飲みながら。日和も紅茶を飲みながらケーキを口に運ぶ──たったひとつだけ違うその動作が、日和には妙に気になって仕方がなくなった。
 ストローを完全に潰す気ではない。何か噛みたくてしょうがない、動物の甘噛みのように見える。噛む時に時折口内から犬歯を覗かせて、白く尖った歯がストローを抉る。
 あんな窪みを、昨夜は自分の背中につけられていたのだ。そして今は赤い痕として自分の背中に残っている。それを自覚した途端、どくんと血管が沸き立つ。ベッドの無機質な冷たいシーツのなか、場違いなように茹っていた自分の体温を思い出す。そして日和はきっと、今。
「……おひいさん?」
 その時と同じ温度になっている。
「……ジュンくん、それわざとやってるならやめてほしいね」
「わざと……?」
 あっ絶対分かってない無意識だと日和は一瞬で理解した。
「ずっとストローを噛んでるのはお行儀が悪いね」
「あぁ、すんません。普段はやらないんすけど、なんか物足りなくって」
 それはそうだろう。昨日だって日和が止めるよう声を上げて、でも聞こえなくて何回も制止してやっと届いたのだ。到底満足はできていなかったはずだ。まだ足りない、と。そんなかおをしていた。ジュンは覚えていないのか、意識していないのか。日和には分からない。鈍感というのはこれはこれで手強い。
 背中がじんと甘く痛んだ。本当に、どこにも行けないように羽をもがれてしまったなあと呑気に思う。どこか他人事のように受け入れてしまうのは、それが悪くないと感じている自分がいるから。
「ふうん。じゃあ今夜も、ぼくと過ごそっか?」
 小麦色の健康的な肌の、耳が真っ赤に染まる。わかりやすい反応にくすくすと微笑んでいると、メアリが存在を主張するみたいに元気に吠えた。

walatte

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