蕾のままで|ジュンひよ
雑誌に花をテーマに撮影することになったジュンと日和は、花屋で下見をしていた。いくつか撮りたい花があれば候補をあげてくれとスタッフより依頼があったのだ。日和が華道部であったことを知ったスタッフが、それならば、と用意してくれた企画らしい。
花に精通している日和はともかくジュンは話を聞いた時「はな?」と眉を顰めていた。
『ジュンくんは何を選ぶの?』
『うえっ? えーと、オレは、桜とか、チューリップとか、向日葵とか?』
だめだこれ。
ジュンの手を引き花屋に向かう。突拍子もない行動にジュンは相変わらずですねえあんた、とため息をつく。いつもの流れ、いつもの光景。もはや様式美になりつつある。でもそのコントみたいな決まった流れに退屈しない。ジュンのため息が嫌なものではないと知っている。
夏を目前に控えた店内は色とりどりの花でいっぱいだった。黄色のひまわりから、紫のリンドウ、赤いカーネーション。満ちる花の香りを息いっぱいに吸って堪能する。
『好きな花を探してみなさい』
ジュンはコクリと頷いて、店内を散策し始めた。じっと花と、そばにあるポップの説明文を読み込んでいる彼を邪魔してはいけないと、そっと場所を離れることにした。
実家から車を呼びつけて連れてきてもらった御用達の花屋は、もともと洋館だったのをリフォームしており、駅構内にあるそれとは面積も当然置いてある花の量も桁違いだ。日和はよくここに訪れては花を大量に買い込んで、生けて実家の至るところに飾っていた。
あの頃は死ぬまでこの家を花で満たすのは自分なのだと思っていた。こんなにも早い時期に家を出て、ずっと家から離れて生活することになるなんて考えられなかった。人生は本当に、何が起こるか分からない。
日和は元よりこの時期にこの花屋に置いてある花の種類を全て把握しており、ここにくる必要はなかった。スタッフに依頼する花も、もう全て決めてある。
それでもジュンの勉強という名目はあれどここに久しぶりに訪問できてよかったと思う。アイドルの仕事で多忙なこと、そしてESの寮に引っ越してからさらに遠くなったこともあり、なかなかこれからも来るのは難しいだろう。
おひいさん、と呼ぶ声が聞こえる。こんな広い中ジュンが躊躇いもなく大きな声で日和を呼ぶのは、いつもお世話になっていますから、と店長の厚意で貸切にしてもらっているからだった。日和は声にするほうに向かう。
昼下がり、硝子を通り越して太陽の光が降り注いている。それがいちばん当たる窓際にジュンはいた。慣れないようすで持っている花がなんなのか日和にはすぐにわかった。
『リンドウだね』
『はい、そう書かれてましたよぉ〜。一目でわかるのすごいっすねぇ』
『ぼくだからね! でも、どうしてそれにしたの?』
『? 理由、って聞かれても単にキレイだったから以外にありますかねぇ〜……?』
『だって、それまだ蕾だね?』
正確に言うと、それは蕾の時がいちばん濃い青色を引き出していて、蕾が開くにつれて茶色くなってしまう。わざわざ閉じた花を持ってくるなんて思っていなかったので、目を見開いていると、ジュンは不思議そうに首を傾げた。
『これが咲いたらどうなるのかは知りませんけどねぇ。キレイじゃないですか。咲いてなくても、蕾のままでも。だから、オレはこれがいいです。あ、もしかして咲いてないと花にカウントされないとか、あったりします……?』
ふふ、と笑うと今度はジュンが目を丸くした。もしかして本当にだめなんですか。そう顔に書いてある。
『そんなことないね。蕾はそういう状態なだけで、立派なお花だね』
蕾を見つけたかも知れない。
いずれ大輪の花を咲かせるかも知れない、まだまだ未成熟なそれに、出会った日のことを思い出した。
瑞々しくて、でもどこか痛みを持った声に、いい声をしてるね、と声をかけた日のこと。
蕾は蕾のまま、まだ咲かないけれど。
蕾のままでとてもキレイだと、きみがそう言うのなら。
誕生日イベント当日に、リハをしているところでスタッフに声をかけられた。企画とし用意している生花で使う花を念のためもう一度確認させてほしいとのことだった。
「このリンドウ、蕾ですけど、他の種類と間違えてませんかって確認なんです」
「ああ、それなら全く間違えていないね。蕾でも、とってもキレイだからね!」
「おひいさ〜〜〜ん」
「なあに?」
「あんたがオレが以前選んだ花を誕生日企画で生けてSNSにアップしたせいで、ファンがすごいことになってるみたいなんですけどぉ〜……?」
「わあ、それはとってもいい日和!」
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