一石∞鳥!|ジュンひよ
ジュンくんってもしかして天然タラシなのではないだろうか疑惑が浮上したのは、ESが設立されて少ししてジュンくんが学園の寮から引っ越してきて割とすぐのことだった。
サマーライブから仲良くしていた真くんとは引き続き良好な関係を維持しているようだったし、後輩となるこはくくんにもサクラちゃうわーと突っ込みを入れられるものの嫌ではなさそう。Valkyrieの影片みかくんにも自分から声をかけて、以来よく話をしているのを見る。
現場でぼくといる場合、とうぜんジュンくんはEveの冠も背負っている。となると茨の作戦で嫌な立ち回りをして嫌われることも少なくないので、相手とコミュニケーションを取れるような状態ですらいないのだ。話す前から嫌われているのだから。
そもそもぼくがいると遠慮されるのだろう。見た目だけだと話し掛けづらいのかも知れない。女性スタッフが遠くから自分たちを見ている視線はほぼほぼぼくなのだと思うのだけれど、もしかしたらジュンくんを気にしている子もいたりするのかも知れない。
けれど、それもいまは過去の話になりつつある。茨はさいきんEveに表立った明るい立ち回りをさせてAdamが裏で暗躍するスタイルを気に入っている。つまるところEveが相手を罠にかけることがなくなった。
そうすると、わかりやすくスタッフから声をかけられる回数が増えた。ぼくも、もちろんジュンくんにも。
一年前、玲明学園にいたころ。相手を茨の作戦通りに罠に仕掛け嫌われ者になりふたりぼっちだったころ。あの頃に戻りたいとは思わないし、そんなイフの話ロマンチストではないぼくはまったく興味がない。……のだが、相手を陥れないだけで(当たり前なのだけれど)ひとの態度が違うことに驚いている。ぼくへの態度もだけれど、目の前で繰り広げられるジュンくんへとかかる声と視線でも。
『漣先輩、今度よかったらカラオケ行きませんか!』
『ジュンくん、飲まなくていいからこの後飲み会来ない?』
『なあなあ漣写真撮ろうぜ、ほらもっとこっち寄って寄って』
『あ、あの、よかったら連絡先交換しませんか……』
…………………………………………………………………ぷつん。
久しぶりのライブだった。ジュンくんも相当気合が入っていたし、ファンもいつも以上に熱狂している。一曲目の一番が終わり二番に入るまでの間奏でジュンくんと立ち位置を入れ替えるためすれ違うその瞬間、ジュンくんに目配せする。とんとん、と人差し指でくちびるからほんの少し横の位置を指す。ブワッとジュンくんの顔が驚きで見開いた。残念ながらライブ中は集中しろと鍛えているのはぼくなので、すぐに真顔に戻って歌い始めてしまうのだけれど。
キスに見えるような振り付けは息が届きそうなぐらい近いけれど、触れていない。それがいつもの。だけれど、今回は。
ぐいとぼくが引っ張って真正面にジュンくんがいる。いつもなら泊まるはずの距離が止まらない。近づいて近づいて、……そして、触れる。ぼくの望み通りに。
とても、とぉーっても会場が湧いたのは、イヤモニ越しでも分かった。
『……あの、MCになったから説明させて欲しいんですけど。おひいさんから曲中で今日は激しめにって指示があって、あの、キスはしてないんですよぉ〜……! でも口のすぐ横ってくちびるに当てるより難しくないっすか? 練習しないとできませんって……!』
客席がすごい湧いている。
練習したの? って顔に書いてある。
『うんうんっ、きちんとぼくの命令通りにできてえらいねっ。でも、激しめにっていうのはこの曲だけじゃないからね!』
『へ?』
『今日はジュンくんに改めてじぶんのご主人様が誰なのかを自覚してもらうからねっ。そしてみんなには、たくさんぼくとジュンくんが仲良しなのを見て、ハッピーになってもらうね! それが、いい日和!』
結論から言うと、なんかもうすっごい絡んだ。もともとひとつの生き物みたいに密着するぼくたちは触れ合っている振付が少なくないのだけれど、その触れているところで余すことなく手をコイビトみたいに絡めあったり首元に顔を寄せたりなんかした。途中からジュンくんも吹っ切れたのかふつうにうなじに噛みつこうとしてきてなんとかステップで上手く交わしたけれど、それはきっと今日の泊まるホテルでされるのだろう。
たまに交わす視線。向けられる視線に、夜はわかってますよね、と獲物を食べたくて仕方ない捕食者の熱が混じっている。
ふふ、と口元が緩む。
それはそれで。
きみに求められるのなら、それはぼくには嬉しいことだからぜんぜん問題がないのだけれど!
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