天気雨|ジュンひよ

 参ったな。
 迷子になっちゃった。
 森の中、次の新曲のMV撮影に来ている休憩時間だった。待機時間にじっとしておられず絶対に勝手にどっか行かないでくださいよと口を酸っぱくして言い続けた相方の言葉を無視して散歩にきた。ついでに、電波の届いているところで凪砂の様子を毒蛇に確認する。さらについでに、日和がいないあいだジュンはスタッフとの交流を図ることができる。あくまで目的は、散歩だ。
 幼いころもこうして巴家の別荘に来て、わがままを言って迷子になったことがある。朝の時間に飛び出して、見つけてもらったのは夕方で、それまでずっと一人きりだった。とにかく怖かった。見つけてもらう前も泣いていたけれど、もう発見されるころには泣き疲れて目を腫らしていただけだったのに、発見されて見知った使用人の顔を見て、枯れたと思っていた涙がまたぼろぼろと溢れた。後で同じように兄も迷子になっていて、兄の捜索が優先されていたので遅くなったのを知った。ふたり一緒にいるものだと推測されていたのかも知れない。ただ事実として兄は昼過ぎには見つかっていて、使用人と紅茶を嗜んでいたのだそうだ。
 この森はその時の森に似ている。
 木々の葉は頭上を覆って昼とは思えないほど暗い。陽光が届かない一帯はずっと冷え切っている。ダウンを着せられていても、視界から、指先から、凍っていくような感覚がある。
 ぽつ、と肌に触れる感覚に頭上を見上げる。もともと暗かったから気づかなかった。太陽は出ているものの、濁った雲が空を覆っている。天気雨だろうか。
 さあさあと静かに降り注ぐ雨も、たまたま見つけた大樹に寄りかかって立っていれば木々のあいだから漏れてくる粒に少しだけ濡れるだけだった。他にいいところがないかと歩いてもみたが、ここはいちばんよさそうだった。そこそこに雨宿りできているとは言え、体は冷え切っている。
 死にそうだ、と思った。実際はそこまでないと判っている。過去の明るくない出来事を思い出して、感傷的になっているのかも知れない。ひとはこころからでも壊れるし、きっと死ぬこともできるのだと。
 巴家の次男坊であるぼく。Eveで、Edenで、アイドルとしてあるぼく。死ぬとしたらいったい誰だろう、どこだろう。ここにいるぼくは、いったいどれなのだろう──
「……見つけた!」
 腕を引かれる。まるで眠りを覚ますような衝撃だった。グイッ引っ張った先、迷いのない強い視線が視界に飛び込んできた。金色をしている。灰色の世界にはひときわ輝いて映った。
「おひいさん、……探しましたよ。あんた、あれだけ勝手に行動するなって言ったのに……。ったくもぉ〜」
「……ジュンくん。……どうして探しにきたの?」
「は? あんたもう風邪引いてるんですか?」
「引きそうなのはジュンくんだよね! ずぶ濡れだし。ここ、たぶん現場から結構遠いし、結構探したよね。どうして?」
 ぱちぱちと音がしそうな瞬きだった。はあ、と呆れたようなため息が漏れた。
「あんたがオレの相方で、オレがあんたの相方だからですよ。探すのも当たり前のことでしょう。普通に心配だからで……そのためなら雨に濡れるぐらいどうだってことないでしょう。他に理由が要りますかねぇ〜?」
 なんて謙虚で誠実で、それでいて普通な理由なのだろう。なんでもない当たり前のことだと、髪からぽたぽたと雫を落とすぐらい濡らしながらジュンは言い切ったのだった。
「……ううん、要らないね」
「でしょう」
「うん、ジュンくんは死ぬまでずーっと、ぼくをいちばんに探しにきてくれなきゃね!」
 掴まれていた腕をするりと辿って手を握る。同じぐらい冷え切った手は、でもたしかに凍えたこころを癒すのだ。

walatte

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