教えて!|ジュンひよ

「デートしようか、ジュンくん」

 日和な唐突にそんなことを言い始めたのは昼下がり、撮影の仕事を終えて楽屋で帰宅する準備を進めていたところだった。茨から車を手配するので撮影のあったビル前で待機していてくださいとメッセージがスマホに入ったのと同時だった見計らったかのような誘いに、ジュンははあとため息を吐いた。
「……なんでまた急に」
 日和が自分の意見を聞かないのはとっくに既知のことだしジュンに拒否権はない。とりあえず理由だけ聞いておきたかった。
「うん。いま、季節は?」
「秋ですねぇ」
「秋と言えば?」
「う、えーっと……食欲の秋?」
「ブー! 正解は……読書の秋だね!」
「いや間違えてはいないでしょうがよ」
  荷物を鞄に詰めて当たり前のように手ぶらで楽屋を後にしようとする日和に続く。手を後ろで結んで軽快に歩く日和から機嫌がいいのはひしひしと伝わってきた。そういえば今日のスタッフは日和が気に入っているひとばかりだったと思い出す。
「ぼくのクラスね、来週から朝のHRの時間を使って、毎日十分ほど読書することになっていてね。せっかくだから雑誌で書いてるぼくのコラム読み返そうかとも思ったんだけど……内容は覚えているしね。ぼくの知らない新しい作品をせっかくだから読みたいね」
「はあ。……で?」
「もう! 結論を急くねきみは」
「学がねぇんで言ってくれないとわかんねぇんですよ。すみませんねぇ」
「また屈折してる。……つまりね、ジュンくんにぼくが読む本を選んでほしいんだよね」
 前を歩く日和が振り返る。二人分のバッグを持ち両手がふさがっていたのも、その重さも、忘れさせるような、太陽光線のような日和の眼差しに、ふっと逃げるように横を向いた。
「……あんたと本の趣味合わなそうな気がしますけど」
「けどきみはたくさん本を読んでる」
「そりゃあ……好きですし」
「じゃあ、いいよね。ぼくときみは一心同体なのだから、好きなもの、素敵だと思ったものは互いに共有しないとねっ」
 有無を言わさない日和の物言いはいつものことだ。最近読んだ本の記憶を巡らせるが、ミステリーの新作が夏に立て続けに出たのもあってあまりハッピーエンドとは呼べないばつの悪い終わり方の小説ばかり読んでいた。けれど日和は愛と平和を世界中に! なんて本気で言うひとだから、あまり人間の泥沼な感情ばかりが表現された話は好まないだろう。どうしたものか。
 読書は幼い頃から好きだった。でも始まりはいまのようなミステリーや時代物の小説を好んでいたのではなくて、父親が出演した童話をモチーフにした映画からだった。映画を見てから気になった原作を読んで、原作者に興味を持った。それから同じ作者の作品を読み始めて、似ている作風の人のも読んで。それを繰り返しているうちに、先輩と同じ部屋でも躊躇なく読書してしまうぐらいには、本の虫になってしまった。
 あの頃よく読んでいた話なら、日和も気にいるかも知れない。
「おひいさん。そしたら図書館行きません?」
「図書館? 本屋で買うんじゃ駄目なの?」
「こっから学園までの間に、かなりデカい図書館があるんすよ。小説もですけど……童話や、絵本もあるし。昔出たやつから最新のまでかなり置いてるし、ジャンルも幅広いんで」
「……ぼく、古いものは好きじゃないね?」
「名作はいつまで経っても名作だし、色褪せませんよ。オレたちの歌だってそうでしょう? ずっと聞かれていれば、読まれていれば古くはならない」
「……ふうん。ジュンくんのああ言えばこう言うところはムカつくけど、それは一理あるね。きみがぼくと出会う前から読んでるもの、好きなもの、きみを育んだもの。ぼくは知っておかなきゃだしね」
 ぼくたちは一心同体なのだから。
 口にこそしなかったが、それを言いたいのだろうとジュンには判った。日和の言い分は理解できるが、それだとフェアじゃないだろう。だから。
「はいはい。で、おひいさんはオレに何を教えてくれるんです?」
 エレベーターを降りて、受付を通る。自動ドアが開いた先には午後の強い光がコンクリートの歩道を白く照らしていた。もう秋になってだいぶ経つのに日差しは相変わらず強く、目が眩んだ。
「ひとまず図書館近くにある、ぼくのお気に入りのカフェだね」
 ビル前で待っていた茨の手配した運転手にさよならと手を振って、通りすがりのタクシーに手を挙げて飛び乗った。なんだかデートと言うよりは何かの逃避行のように感じるが、これも案外悪くない。
 図書館であれば返却のために次がある。今日はもちろん、次は何を教えてもらおうかとジュンは密かに胸を弾ませていた。
 

walatte

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