未来を歌う蕾|ジュンひよ

 『貴方と出会わなければよかった』は、冬のラブソングお決まりのフレーズだ。
 Eveが今度クリスマス近くに発売する新曲は、失恋が連想されそうな言葉が連なり、これまでの曲とは一転して、ピアノが主体の物悲しいメロディで構成されている。
 アップテンポで盛り上がる曲が多かった上、Edenではどうしてもユニットのイメージに重きを置くまだ出せないという茨が、けれどEveであれば、と持ってきた曲だった。提案は最もだったし、無下にするにはもったいない製作陣でもあったので自分には反対する理由がなかった。珍しく即決しなかった日和も、しばらく黙り込んだあと「ファンの子が喜びそうではあるしね」と最終的にはオーケーを出した。
 歌詞を読んだ時、てっきり、そのフレーズを歌うのは自分だと決め付けていたので、日和に宛てがわれたと知ったときにはたいそうジュンは驚いた。どう歌ってくるものかと予想がつかなかったけれど、実際に呼び出されたレッスン室で日和は完璧に悲壮感を漂わせて歌ってみせた。
「どう?」自信満々に問いかけてくる。よかったです、の素直に返事をすると、満足そうに口角がつりあがった。
「あんたもこんなネガティブな歌詞、歌えたんですね」
「それが仕事であればこなすね。……まぁ、出会わなければよかった〜なんて、ぼく誰かに思ったことないんだけどね? 英智くんみたいにムカついたり、嫌われてる相手はいるけれど!」
「あぁ、あんたはなさそうだな〜って思ってましたよ」
 遊びがちでいくども別れを経験したらしい日和らしいなと思う。出会わなければよかったなんて人と別れるたびに思い詰めるような人間では、遊んだりなんてできないだろう。少なくとも自分はそういう考えで、遊べない人間だった。
「ジュンくんは、誰かに思ったことあるの?」
 今一番訊かれたくない問いかけだった。少し躊躇うも、嘘は吐けないし、だからと言ってはぐらかすことなんて絶対にできないと判っているので、あえて素直に答えることにした。
「……思ったことはないけど、最近、言われたことなら」
「あぁ、あのコズプロの子でしょ。赤髪の」
 ジュンがぎょっとしているのもお構いなしに、日和はとうとう名前まで出してきた。なんで、と口に出す前に「急に事務所で絡まなくなったからそういうことかなって。告白されたんでしょう?」と日和はなんでもないみたいにすらすらと当ててくる。
「……あんた、知ってたんですか」
「知ってたというより気づいてただけ。多分茨も気づいてたんじゃないかな? だからレッスンのスケジュール、バラバラにされたんじゃない? 離れたら余計恋しくなって、勢い余って告白されちゃった、って流れ?」
 離れてからもお前、どんどん有名になっていって、そのうちこんなふうに気軽に話ができなくなるんだなって思ったら、どうしても──始まりはそんな言葉からだった。
 アイドルをやっているのはやっぱり愛されたいという願望がどこかにあるからで。だけれど不特定多数の愛情を貰っているからこそ、特に駆け出し中の今は特定の誰かとそんな関係になるなんてジュンには到底考えられなくて「オレはアイドルだから。……すみません」なんて、分かりやすくて気が利かない言葉を使ってしまった。断るのに変わりはないにしろ、もっと、相手を思いやった、傷つけないような言い方だってあったかも知れない。
 こうやって年上の、男性に想いを告げられることは初めてではなかった。そしてEveを組んでからそれは必ず、日和にバレる。そんなに露骨に態度に出しているつもりはないのに、日和のこういうところが恐ろしい。
「劣等生だった頃から仲良かった先輩だったんで。出会わなければ、って言われたのはちょっと、……堪えたかも知れません。あんたが歌ってるの聞いてるのは……」
 太陽だとか称されてる人間には、日和には、そんなのは似合わない。だからこそ、ギャップを狙って歌ってほしいとスタッフは日和に歌わせるのだろう。
 誰に言われても辛いフレーズだし、ジュンにとっては思い出すだけで今も苦しくなるものだ。
 けれど日和に歌でもそう言われてしまうのは、次元が違った。実際日和に告げられたら耐えられない、と思うのだ。
「……すんません。ちょっとだけ嫌です。よくないですね、レコーディングまでには切り替えます」
「んーん、きみが嫌ならぼくは歌わないね?」
 日和は軽々とパート変えようか、逆にする? と問いかけてくるので、唖然としていると、とうとうスマホを取り出してスタッフに電話をかけてぺらぺらと弁論しだした。ほぼほぼ一方的に喋ってるだけだったが、やがてそれも途切れて通話が終わった。
「どっちも録りはするから、ちゃんと希望するほうで納得性を持たせられるように仕上げてくること。それで良ければ逆にしてもらえるね」
「……強引すぎるんですよぉ〜、あんたは」
「あははっ。本当に大変だよねきみって。年上にばっかり好かれてね!」
「はぁ、まぁ……。とりあえず、練習しましょうよおひいさん。パート変えてって来週レコーディングですよね」
「そうそう! ぼくはもちろんどちらでもこなしてみせるけどきみができるかが問題だね! ほら歌って歌って!」
 自分はいつか誰かに対して、あの人みたいに出会わなければよかったと、どちらかと言えば思いがちな人間なのだろう。
 でも拾ってもらった日和にだけは、きっと思わないという確信がある。理由は拾ってもらったからだけじゃないのを自覚はしているけれど、今は歌を完成させるのが第一だからそっと胸に閉まっておく。この気持ちをいつか開く日が来るのかは、日和の期待に応えられるかどうか、自分次第なのだから。

walatte

ソシャゲ備忘録と二次創作 公式とは一切関係ありません

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