花水木|ジュンひよ
凪砂は夢を見ない。
アイドルとして結果を出すのは夢を見ずとも知識やスキルを習得すれば当然やり遂げられると確信しているからだった。それにずっと、やりたいこともないまま生きてきたので。
茨もジュンもリアリストで、日和はロマンチストが嫌いと公言している。ただ日和においては、愛と平和という途方もない願いを持っていたり、言葉だけでは理解できない考えを持っているように窺えることもあった。
好きにしていいよ、と言いながら離れないでそばにいてほしいと本心を決して口にしない日和はかわいいけれどさびしい。凪砂はその日和の思いに気付けるが、まだそこまでに至っていない人間がそう言われたら、気づかないまま離れてしまう可能性だってある。
……だから、日和がジュンに期待する「絶対に自分から離れられない他人が必要」と言うのは、きっとそういうことなのだろう。そばにいてほしい、自分についてきてほしいといちばん大事な言葉を伝えてくれない日和から、絶対に離れない人間を、日和は求め続けていた。
凪砂は日和の運命だったけれど、日和自身からは選ばれなかった。でもそれは、彼が自分を愛しているからだ。何もやりたいことがないと諦観したような自分に、自我を目覚めさせて、きちんと人間になってほしかったからなんだろう。意志を持った上で日和から離れられないという要件は、ジュンのためにあるようなものだったと、今になっては思う。
舞台の仕事が終わり、数日茨から休暇を与えられた。久しぶりに巴家にお邪魔することになり、出会ったころに過ごした部屋でお茶を飲んでいると、窓の外すぐそばにある庭の止まり木でじゃれあっている二羽の鳥を見つけた。
日和はじいっと目線を鳥たちに向けたまま微動だにしなかった。自分はそんな日和を、人形になったみたいに見つめていた。
「ジュンくんね、」
日和は淡々と喋る。
「ジュンくんは育った環境がよくなかっただけで、最近は目まぐるしいほど成長してる。こないだはぼくが三日かけて覚えたステップ、一日で覚えちゃったし。得意分野なのもあったんだろうけど」
「……嬉しいね」
「うん。あの子、きっと近い未来に、ぼくを超える分野もたくさん出てくるね。……でも、ぼくたちの関係はどうなってしまうのかな」
鳥が一羽飛び立っていく。残された一羽は、怪我でもしているのか、飛び立つ気配を見せず消えていった一羽の方向を見つめていた。
「凪砂くん。ぼくはいつまでジュンくんのおひいさんでいられると思う? 純粋無垢でわがままで、到底ジュンくんが敵わないスキルを持った、おひいさんで」
「……ふたりが今のままでいる限り、ずっとだよ」
凪砂は即答した。日和はいつも一番大事なことは伝えてくれない。
「そうだね。凪砂くんならそう答えるって、知っていたね」
だから溢れるように伝わってくる日和の願いが叶いますようにと凪砂も祈る。
「……ふたりがおじいさんになっても、ジュンには日和くんのこと、変わらずおひいさんって呼んでほしいな」
「それだとお姫さまって若い意味あるからあんまり嫌味じゃなくなっちゃうのかね? それは面白いね!」
日和は楽しそうに笑っている。
途方もない話だ。現実的でない話はあまりしないから不思議な気持ちが胸に溢れていた。夢を見るってこういう感覚なのだろうか。
ふと外を見ると止まり木にいたはずの一羽がどこかに飛び立っていた。どこへ向かったのかは分からない。けれどいつかどこかであの二羽が、再会できるといい。
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