傷痕に名前をつけて|ジュンひよ

 狭い二段ベッドの下で目を覚まして後ろを振り向くと目を覚ました日和のかおが眼の前に迫っていた。だいたい情事のあと、起きるのはジュンのほうが早いことが多く、予想外の展開に思わず声を出してしまう。
「おはよう。ジュンくんぼくが寝落ちした後からだ拭いてくれていた?」
「ああ……。まぁ、しましたけど」
「うんうんっ。ご主人さまへの敬愛が窺えてとってもいいことだね。おかげでぼくも気持ちよく眠れて、いつもより早く起きれたね。……そんなことより」
 すっと後頭部に右手が回ってくる。触れた場所が何を指しているのかジュンにはすぐに判った。それができたころから、ジュンが何回も何回も、確認していた場所だ。
「ここ、頭皮に傷があるんだね」
「……あ、」
 どくんと心臓が脈を打つ。固まったジュンをよそに日和は淡々と続けた。「撮影の時は、映らないよう気をつけないとね。ファンのみんなが、もしかしたら気にするかも知れないから」と。
 これまで経験してきたそのどれとも違う反応に戸惑いながらも、うっす、と返事をすればにっこりと日和は微笑んだ。眩しくて、今でもこうして、夢なんじゃないか、と思う時がある。実はあの人に酒瓶で後頭部を殴られて泣きながら寝た、その日からずっと夢を見ているんじゃないかと。
「これは夢ではないし、きみ自身で掴んだものだからね」
「えっ。なんすかおひいさん、エスパー?」
「あはは、鎌かけただけだね。ジュンくん分かりやすすぎ! ……けれど、この巴日和の隣にいる限り、いつまでも身に余る〜ってかおをしているのは許されないからね」
「……はい」
「……ぼくは本当に、きみが期待に応えてくれないのならそこで終わってもいいと思ってた。今もね。そしてこれからもずっと」
「判ってます。……これは手放さないって決めたんで」
「そう。覚悟を見せてね」
 すっと日和が傷跡に触れて、人差し指で撫でる。体温が灯って、たちまち傷跡が癒えていくように感じてしまう。
 こちんと額が触れた。日和のすみれ色のひとみに映った自分は、分かりやすく物欲しそうなかおをしている。
 顔を近づけて触れるだけのキスをする。その間も日和はずっと傷跡をなぞっていた。
 どうしたの、なんでなの、誰になの。
 傷跡を見られた人間に問われて、ジュンはいつも答えることができなかった。説明できないわけではなくて、言ったところでじゃあその状況がどうにか好転するのか、答えたら相手が動いてくれるのかと思考を巡らせたときに、無理だな、という判断に至ったからだ。
 何も聞いてくれないのがありがたかった。人間扱いされなかった過去があっても、ジュンは父親を一度も恨んだり憎んだりしたことはない。理由を知った人が父親にたいしてそうした感情を抱いてほしくなかった。自分はそう思わなかったのだから。
「これもいまのジュンくんの一部なんだね」
「……そう、思います? こんな、傷跡でも?」
「うん。……いまのきみの構成する大事なひとつだね。ぼくは、否定しないよ」
 傷は消えはしない。けれど傷の意味を変えていくことはできるのだと知った、日曜日の朝だった。

walatte

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