いつか一緒に輝いて|ジュンひよ

※ワンライ「明日世界が終わるなら」がテーマです。テーマまんまのシチュエーションなので大丈夫な方のみお願いします。









 人は海に還ると誰かが言っていたのを覚えている。
 それがどんな理論を持って語られていたのか、ジュンにはさっぱり思い出せない。しかしながら実際世界の終わりを目の前にして、日和とふたりで浜辺を歩いているのだから、顔も思い出せない誰かが話していたことは正しかったのかも知れない。
 終末の前ではアイドルなんて見向きもされないと堂々と歩いていたら「最後だから……」とか細い声で女性に握手を求められた。人間というものはやっぱり多種多様だなと思う。
 そんな人間たちに急に降りかかった終わりは、誰一人例外なく降り注ぎ、全人類等しく死に至ると言う。白い、雪のかたちをしたウイルスだとニュースでは伝えられた。奇しくも先日、Eveは新曲のレコーディングで冬の──雪をテーマにした歌とミュージックビデオを撮影したばかりだった。
 海へ行こうと言い出したのは日和だった。けれどもう交通機関は完全に麻痺していた。最後の瞬間は家族と過ごしたいだろうと、世界は全ての国民に休暇を与えた。みんな家族や、友人や、自分の大切なものと共に過ごしているだろう。
 ジュンにも両親からの電話が入ったが、日和と、と短く断った。日和と出会ってジュンの人生が一転したことも、漣家が紆余曲折して少しずつ、歩み寄れていたのももちろん当の本人たちは知っている。
「愛してる」
 最後に告げられたのは、ありきたりな言葉。あの日ジュンの世界が崩壊するまでは毎日のように聞いていて、今はとても久しくなっていた言葉だった。
 ジュンとしては、むしろ日和が家族のもとへ向かうと考えていたので、急に手をとってきたのには驚いた。玲明学園は辺境の、つまりドのつく田舎にあって交通機関が麻痺してしまうとまだ車どころか免許も持っていない自分たちには徒歩、もしくは自転車ぐらいしか手段がなかったが、海が近く山を降りればすぐに辿り着くことができた。
「ジュンくんは、」
 浜辺をあらかた散策したが、いつもと変わったようなことは何もなかった。それもあらかじめニュースで散々伝えられていた。それが降ってくるまでは、特に何も変わりはしないと。
「あんまり悲しくなさそうだね?」
 突然死と直面させられて、周りの同級生はみな狼狽て泣いていた。その中で、無感動な自覚があるジュンはいつもと変わらず、静かに事実を受け入れた。
「悲しくはないですねぇ。怖くはありますけど……それは、あんたの隣に立ってる限りいつもでしたから。絶対に喰らいつく、超えてやるぐらいの気持ちでいねぇとってのと反面、うまくできなかったらってのは、ありました」
「わお、珍しく素直だね?」
「安心してるんですよ。ずっと世界は不平等だって思って生きてきたんで。……こんな風に全員に同時に死を与えられることがあるんだなって……これって最大級の平等じゃありません?」
「なるほどね。まぁ、言わんとすることはわかるね」
 浜辺と駐車場を繋ぐ階段に座り、細波の音を聞いた。
 規則的に発生する水の音は、ジュンを安心させた。悲しくはないとは言え、やっぱりずっとどこか緊張はしていた。日和の最後が自分の隣でいいのだろうか。自分が昨日寝ている間に連絡をとっていたようたが何を話しているかは教えてくれそうにないと解っているから聞けない。
 ……うん、でも。
 好きに思ったように言ってもいいんじゃないか。
 何せ、最後なのだから。
「本当は、少し安心してます」
「安心? なんで?」
「だっておひいさんあんた、絶対オレより先に死にそうだったから。オレはあんたが望むんなら、最期まで一心同体でいたかったんで」
 死ぬのなんてまだまだ先だと思っていたけれど。いつか日和を看取ってひとりだけでやっている日なんて想像するだけで怖くて震えた。
 だからそれに比べたら、まだ一緒にやりたいことは数えきれないぐらいあったけれど、悪くない結果だと納得できる。
「あはっ。それは間違いないね。……うーんそれじゃあ、素直なジュンくんに免じて、ぼくも素直になろうかね」
「あぁ? なんですかまた」
「死ぬ前にちょっと心残りがあるね」
「はあ。なんすか? オレにできることです?」
「きみとキスしてみたい」
 空気を切るみたいに、細波が大きく聴こえた。「……そんなこと、」そっと近づいてみれば、近づいた眼球は濡れに濡れて揺らめいていた。
「言ってくれれば、いくらでもしてやりましたよ」
「うん。だから今、一生分してほしいね」
 頷くかわりにくちびるを重ねた。薄くて冷たいくちびるが、口付けを深くすればするほどジュンから体温を奪っていく気がして、けれどそれで構わなかった。
 続けていると日和が首に腕を回してきたので、少し驚いていつまでする気なんすか、と呆れたようにたずねた。
「世界が終わるまでだね。一生分だからね!」
 と、満面の笑みで言われたのでもう仕方がない。
 甘く深くなっていく口付けの合間に、顔を寄せて見つめ合う日和は泣いていた。死ぬのが怖くないはずかない人だった。振り払うことができない現実を、せめて痛み分けできるようにとジュンはまぶたにもくちびるを落とせば、くしゃりと頬に涙を伝わせながら日和が笑う。
「……笑ってください、おひいさん。あんたはそれがいちばん似合ってる」
 人間は辛くても笑うことができるから愛しいのだと教えてくれた人の、どう考えても虚勢にしか見えない笑顔がこんなに愛おしい。
 ……ああ、いまさら気づいたよ。
 おひいさん。オレは、あんたのことが。

 ふわりと白い雪がそっとふたりの間を舞った。
 そして。

walatte

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