「チョコレート」「甘い」|十空


 修行で空却の家に来る時に、十四はよく差し入れを持ってきた。ファンの子からプレゼントされたりおすすめされたりで流行りのスイーツに詳しいらしく、父親もあまり口にしない洋菓子を喜んで受け取っていた。
 僧侶見習いとは言えど、それほど食生活に厳しいご時世でもない。空却もたまに商店街で買い食いしたり、顔見知りのお店からはもらったりしていて、食べたことはもちろんある。しかしながらこんなに頻繁に口にする機会はなかったので、このあいだ十四が休憩中に差し出してきたチョコレートを悪いけど、と断ってしまった。
 その日がバレンタインだったことに気付いたのは、調子が悪かった十四を見送ってからだった。
 十四に来週来る時にあのチョコレートを持ってくるようにメッセージを送って、眠りに落ちた。
 チームを組む前から知り合いだった獄は会う頻度が増えただけで今までの付き合い方がおおきく変化はしなかった。相変わらず舌合戦をしながら、ゆるやかにチームに、家族になったことを受け入れあっていた。
 十四はほぼ初対面だった上に、気に入ったとは言えどんなやつかよく知らないままチームを組んだ。ラップと精神的な修行をするからとしばしば十四を呼び出しているのは、十四の人柄を深く見極めるためでもあった。
 友達、親友。家族になるために踏むであろう段階を初対面で飛び越えてしまって、十四自身も戸惑っているようだった。友人も多くはないのだろうし、それも活動しているバンド界隈の者たちだろう。空却のような生い立ちも生業も違う人間とこんな近い関係で付き合うのはきっと初めてなのだろう。それはもちろん、空却もだった。
「あの、これ。すごく甘いのを選んでしまって……食べきれなかったら、はっきり言ってください」
 翌週、受け取らなかったチョコレートを手にして泊まりにきた十四は、バレンタインだと気付いてなかったとあらかじめ伝えていたのにどこか怯えたようすだった。
 他人のことばを、そのまま信じるのが容易ではないんだろう。空却が中学のころ助けた自殺しかけたあの子も、空却が声をかけた助けてやるということばを、なかなか信じてはくれなかった。
「今日は修行はあとでな。先にこれ食おうぜ」
「えっ。いいんすか?」
「おう。あと拙僧は甘いのもいける」
 ほっと胸を撫で下ろしたのが、音でも聞こえてきそうなぐらいはっきりと判った。信じてもらえたらしい。
「僕は甘いの好きなんすよ」
 客室、畳の上に置かれた茶色くてつやつやした木造の棚には、獄が自分が訪れた時のために買われたコーヒーメーカーが置かれていた。ふたりの時でもこっそり(恐らくはバレている)使用している。
 チョコレートが甘いのに合わせて、ブラックコーヒーを用意しお盆に入れて持ってきた十四がつぶやいた。作曲、作詞、集中したいときに決まって食べてるんです。癖になっちゃって。
「そうか」
 コーヒーを向かいにいる空却と自分の前に並べて、十四は正座した。なるだけ寺にいるときは姿勢よく、正座でいるよう躾けている。そういう空却はもう終わった修行だと胡座をかいているわけだけれど。
「でも、空却さんもお父さんも慣れてないのに。すごい量毎回僕持ってきてましたよね。ごめんなさい」
 確かに量は余るぐらい多かったし、最近は食べきれなくてどこかの棚にまだ残っていると思う。
「家族なんだから味覚が似通ってくのは自然だろ。お前が謝ることはねえよ」
 ぱあっと端正な顔立ちが明るくなる。眩しささえ感じるぐらいだ。けれど何を思い至ったのか自然を自分の膝下まで下げて、ようすを窺うようにちらっと空却を見やる。言いたいことがあるのだろうと、空却は静かに微笑んだ。それを言いたいことがあるなら言っても大丈夫だと、許しを得たのだと察した十四は、コーヒーを一口飲んで、
「あの、空却さんは誰にでもそうなんですか?」
 それから、おずおずと尋ねてきた。なにが、と短く問い返すと、えっと、と視線を彷徨わせながらも、十四は続ける。
「誰にでも、家族になろうって……声をかけるんですか」
「しねえ。十四が十四だから声をかけた」
「じ、じゃあ! 特別って、自惚れても……いいですか」
「自惚れるんじゃねえ」
「えっ」
「はっきり自覚してろ、そんな当たり前のこと」
 空却としては、十四がわざわざ細かく気にする理由がよく理解できなかった。けれど自分の価値観や考えをを押し付けるのも彼を傷つけてしまう気がしたから、気にするな、大丈夫だからとひとつひとつにしっかり受け答えしていくしかない。
 空却が家族と告げたのは言葉通り、そのままの意味だ。それは死んでも地獄の底へ沈むことになったとしても変わらない。
「空却さんの言葉って、厳しいのか甘いのか、よくわかんないっす……」
 十四は手で口元を覆って、顔をゆでだこのように真っ赤にしていた。甘い言葉をかけたつもりは全くなくて、首を傾げてみる。
「はァ? 師匠として甘く接してるつもりはねえぞ」
「ドストレートに好意を伝えてくるじゃないっすか!
「? だから十四以外にはやらんて言ったろ」
「そういうところっすよ……。とりあえずそれ早く食べちゃってください」
 十四が持ってきた正方形の箱を飾る装飾と包装されているのをとって、中にあったいくつかの一口サイズのチョコならひとつを摘んで、口に運ぶ。じわりと広がった味は想像していたよりもずっと甘かった。


walatte

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