『もし、』|十空

 人と神さま、大人と子ども。ありとあらゆる境界に立つ、中庸のひと。しばらく経って空却に抱いたイメージは、出会いのそれよりもだいぶ変わったように思う。
 最初はカッコいいと純粋に憧れていたのが、少し危うい一面も見えてきて、そして今は、彼の多面性が恐ろしくもある。その分空却を知れているということでもあるから、十四にとっては嬉しくもあるのだが。
 僧侶にたいしてもっと禁欲的な、勝手な固定観念を十四は持っていたのだが、プライベートとしている空却は説法は説いてもどちらかというと、口の悪い男気のある面が強い。あと、意外と快楽に従順でそれを隠そうともしない。
 十四よりずっとちいさな口にくちびるを舐めてから舌から入り込む。拒まれはしない。すこし前から空却とはそんな関係になっていて、ちゃんと修行が終わってからでないと許してはくれないが、そのぶん終わって空却の家に戻ってからはそれこそ餌を前にした獣みたいにがっついてしまっていた。
 空却は嫌がるでもなく、求めてくるわけでもない。静かに十四の欲求を受け止めている姿は、受容というのがいちばん相応しい。以前自分とセックス嫌ですかと直球に不安を吐露したが、
『拙僧が嫌な相手に黙ってケツ掘られると思うか?』
 と聞かれて何も言えなくなってしまった。答えはわかりきっている。空却が好きでもない相手に黙って抱かれるなどあり得なかった。
「すき……」
 深くなるくちづけの合間に、いつもは口に出せない秘めている気持ちが、意図せず口からぼろぼろと溢れてくる。すきなひとを前にすると、他人と喋ったり歌詞を作成したりでそれなりに鍛えているはずの語彙も頭のうら、どこかに飛んでいってしまって、すき、すき、と同じ言葉を何度も繰り返すだけだ。
 くちびるを一瞬だけ離して空却の顔を見る。とろりと蜂蜜みたいに蕩け始めた月色の目玉にぞくぞくした。幼い顔立ちはここ数年変わっていないようで、自分が地獄にいたあのころも、きっとこの綺麗な顔をしていたのだろう。そして同級生を虐めて殺しかけた下衆なやつらを殴り倒した。
 ──あのころに、出会えてたらなあ。
 空却に告げたら情けないって呆れたり、笑われたりするかも知れないから言えないけれど。どうしてもそんな思いが湧いてきてしまう。きっと助けてくれた。手を差し伸べてくれた。そうしたらもっと早く、一緒になれたのにね、と出会えなかった空白の数年がとても虚しく思えてくる。
「いま出会えたからよかったんだよ」
「え」
「思い切り声に出てたぞ。も少し自分を制御しろや」
「は、はい。ごめんなさい……」
 まったく気づかなかった。目の前の空却に夢中だったから。項垂れて、長く続いていたの キスは止まってしまった。
「過去に出会ったとしても、クラスメイト以上にはなってたか分かんねーし……。拙僧はお前の執念を感じるリリックが好きだけど、それはお前がやっぱり、傷ついたことがある人間だからだ」
「リリック? リリックだけっすか? すきなの!」
「お前ほんっとひとの話聞かねえな? まだ話の途中だっての」
「だ、だって……。じゃあ、空却さんはこれでよかった、って思ってるんすか?」
 すきなひとにはやっぱり、もっと早くに出会えたらって思ってほしい。少なくとも十四はそんな考えだ。けれど空却は首を振って自分は違うとはっきり否定した。今でよかったとけらけら十四の憂鬱を吹き飛ばすみたいに笑う。
「いまがいちばんいいって拙僧は思ってるし、これからそれを証明していくから、ちゃぁんと見とけ」
「は、はい」
「ほらそれより」
 あーんと口を開ける。指ひとつぐらい入れそうな大きさ、伏せられたまつげは、あきらかに十四を誘っている。ごくりと唾を飲み込んで、十四は空却に噛み付いた。
 いまはどうしても『もし』と考えてしまいがちで、それが自分らしいとも認識している。けれどこのひとにそんな考えかたも変えられてしまうのなら、それも悪くないと思えた。

walatte

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