後悔|いちくう

 思い返せば、小さなからだに甘やかされていたのはいつだって一郎のほうだった。
 相棒と呼ばれ始めたのも、なんとなく、いつも兄と呼ばれ兄として生きている自分を、ほんの一瞬だけそうじゃない存在にしてくれる時間を、呼び名と共に与えてくれていたのだろう。空却といる時だけ、大事な弟たちの兄であるという冠をとって、ただの一郎としての時間を過ごせていた。
 裏路地で、ふたりきり。コーラで乾杯してポテトチップスを食べながら談笑する──世界はどうしようもなくて、周りには汚い大人たちばかりだったが、それでもあの時間にはかけがえのないものだった。
 一度だけ裏路地で空却が寝てしまった時、起こす前に何気なく触れた髪は短くワックスで塗り固められて撫でる楽しみがなくて、それすらもなんだか微笑ましく思えた。
 きめ細かな肌に頬に影を落とす長いまつ毛を、別人のものみたいに眺めていた。ふだんの粗暴な振る舞いからは想像がつかないぐらい空却の寝顔は美しく、見惚れてしまうほどだった。
 ──キスしたいと、告げたら怒られるのだろうか。
 またの機会に、そのうち聞こうと思えば聞けるだろうと、湧いてきた欲望にそっと蓋を閉じて空却を起こした。
 ゆっくりと蜂蜜いろの瞳が開かれて、呑気にあくびをするさまを見ていつもの空却だ、だから大丈夫、キスしたいなんて思わないからと安心する。
 やがて完全に目を覚ました空却が早く帰らねえとなと急かしてくる。弟たちの存在を慮ってくれていたのだろう。何も気づかず、嫌われているのだからいつ帰ったって変わりないから大丈夫だろと告げてみる。予想通り眉を顰めて、遠慮なしでデコピンされる。
 バァカ、家族は大事にしろ。
 その通りだと思う。だけど、じゃあ……お前は? 相棒って言葉はいったいどこにいるものなんだ? 俺は、弟たちと同じぐらいお前のことも、
 言いかけた言葉はまた明日でも聞けるからと喉元で消えていく。
 いつまでも空却との明日があることに確信しかなかったあのころ、空却がいつも一郎が言いかけた言葉をきっと内容がなんなのかも察したうえで待っていてくれたのに気付けなかったあのころ。思い出は美しく眩しく再生され、時折激しく後悔となって一郎を痛めつける。
 もっと早く、好きだと告げていられたらよかった、と。

walatte

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