雨がくれた(きみの)景色|ジュンひよ

 田舎での撮影のあと、帰りに雨に降られてしまった。まだ出会って間もない日和と屋根のあるベンチで座っているが、雨はいっこうに止む気配を見せない。バスはちょうど一本見逃してしまい次は一時間も先だった。
 春雨は落ちるというよりは降りてくるような印象を持ってしまうぐらいに粒が小さく、そのせいかほとんど雨音もなく静かだ。
 茨は車を手配すると言っていたが、彼の思惑通りに動きたくない日和が断ったのだった。
 スマートフォンを起動して地図のアプリを開く。最寄駅までは二十分ほどで、道も複雑ではなさそうだ。いざとなったらタクシーを呼んであとで茨に請求すればいい。
「はい」
 ジュンが鞄から取り出した黒いそれを見て、ぱちくりと日和は瞬きした。
「ジュンくん傘持ってたの?」
「今日の降水確率は四十パーセントですよぉ〜。あんたもちゃんと確認してくださいねぇ? オレがいない時どうするつもりです?」
「あっはは! 奴隷のジュンくんはご主人さまのぼくにそばにいなきゃでしょ? だからそんな必要はないね!」
「このクソ貴族……。ほら、入ってください。さすがに一時間も待ってられませんよ。駅行きましょう」
「その傘、とても小さいね」
「折り畳みっすから。こうやって万が一降られたときのために入れてるんです」
「そう」
 布袋から取り出して開いた傘はとてもではないがふたりぶん入れるとは思えない大きさだった。ジュンは何も言わずにそっと日和の上に傘を差した。あっちですとナビで覚えた道のりを指すと、日和はゆっくりと歩き出した。ジュンも続いていく。
 折り畳み傘はただでさえ中棒の部分が短く、自分より背の高い日和に合わせて持つ位置はジュンが自分でさすときより高くなる。少しばかりきつい体勢のなか、助かったのは、あちらこちらに駅までこのまま真っ直ぐ数百メートルと書かれている看板があり、スマートフォンで確認する必要がなくなったことだった。
 日和は見慣れない田舎の景色を楽しんでいるようで歩きながら機嫌がよさそうに鼻歌を口ずさみながらきょろきょろしていた。
 瑞々しくて透き通った歌声が、しとしと降る雨に溶けていくかのようだった。太陽みたいなひとの声が、雨に似合うなんてこともあるのだなあ、なんて考えながら、外側にある日和の肩が濡れていないか確認したくて目線をうつしてみようとするものの、身長差の関係で隣同士では視界に捉えることができない。
 露骨に前のめりになったり後退りをしたら日和に勘付かれてしまうので、そっと気づかれないように日和のほうにさらに傘の位置をズラす。元から高校生男子ふたりを入れるような大きさではなかったのでジュンの外側の方はすこし濡れていたのだが、この場合仕方がない。それなりに健康体であると自負しているので、春のこの時期に肩が濡れるぐらい風邪を引くことはないだろう。
 たくさんの小粒の雨は景色をいつもよりずっと白くしていて、そんな景色を背景に見る日和はまるで違う人間のようで、でも口ずさむと出てくる歌声や語りかけてくる言葉は間違いなく日和で、これもこの人の一部なんだとジュンは知った。雨の日は、実はけっこう好きだった。静かな場所で、部屋の中で読書ができるし、何より知ってる人の知らない一面を、覗き込むことができるから。
 辿り着いた最寄駅はたった一人の駅員がいるだけで、午後過ぎのこの時間帯にいるのは日和のジュンのふたりだけだった。時刻表を確認すると十分後に電車が到着するらしい。改札の隣に待合室があり、暖房が入っているようだったので雨で冷え込んだ体をあたためようと日和に提案して入った。
 傘を閉じて鞄からタオルを取り出していたところで日和の肩を見てギョッとしてしまう。日和の方はジュンのそれよりずっとびしょ濡れになっていた。
「おひいさん、肩こっち向けて」
「うん? あぁ、濡れちゃったね」
 素直に応じる日和の肩をタオルで拭いてみるが、この濡れ具合だと気休めになるかどうか。ブレザーを脱いでシャツ越しに触れた日和の肩はびっくりするぐらい冷たくなっていた。
 日和の荷物は仕事終わりにスタッフに頼んで宅配便に預けてしまったし、ジュンの鞄には着替えるようなものは何も入ってなかった。
 ジュンはわざとらしくはあ、と溜息をついた。もちろん日和は顔色ひとつ変えはしない。
「あんたなんで何も言わなかったんです」
「ふふ。きみがぼくの肩を気にしてちらちら見てくるのが面白くって」
「あのさぁそれ答えになってねぇでしょう。濡れたら風邪引きますよぉ〜?」
「それはきみもだね。肩、濡れてる」
「オレはまぁ……濡れるのは慣れてるんで」
 空気がぴりっと張り詰めて、部屋の温度が一度下がった気がした。日和の癇に障った時の感覚だった。
「駄目だね。きみの言い分はぼくの奴隷としてはいいかも知れないけど、アイドルとしては駄目! ぼくたちは一心同体、片方が風邪を引いたらEveは駄目ということになるんだからね! ──きみはアイドルでしょう?」
 反論を許さない真っ直ぐなすみれ色のひとみが、ジュンを至近距離でしっかりと捉えていた。どうにもこうして見つめられるのにジュンは弱かった。
「……、はいはい、わかりましたよぉ」
「はいは一回!」
「……はい。……じゃあ、今度は肩濡れてたら、ちゃんと言ってくださいね。タオル出すとか、何かしら考えるんで」
「んー、それは約束できないかもね」
「あぁ? なんで」
「ひみつ」
 駅まで歩いている途中、歩幅がたまに小さくなるのが合図だった。
 気付かれまいと気を配っているせいで余計にわかりやすくなっていた。ライブの暗い照明ではぎらりと光るきんいろのひとみが、ちょっと困惑したようすでこちらをしばしば窺っていた。
 折り畳みの傘はなんとかひとりで使える大きで、日和の肩はとっくに濡れていた。それを気にして、でも身長のせいで視界に入らないからなんとか気付かれないように視界に入れて確認しようとしている。
 きみのそういうところが、とてもいい子でかわいいなあ、と思う。
 ふだんはぐちぐち嫌みを言うけれど、結局こうして任されてしまえばきちんとやり遂げようとするあたりに彼の本来ある善性が垣間見える。
 雨の日は太陽が隠れてじめじめするけれど、太陽の日には知り得ない一面を見れるのは、悪くないと思った。

walatte

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