まごころを、きみに|ジュンひよ
「──オレと勝負してください、おひいさん」
とっておきの贈り物を、あなたに。
「……ああもう、どうしてこんなに皆さん思い通りに動いてくださらないのか!」
事務所にある副所長の自室にて、派手にタイピング音を響かせながら茨は声を荒げる。ソファに座って分厚いミステリー小説を読んでいた凪砂は、くすりと微笑みながら本を閉じた。
「……茨、でも楽しそう」
「ええ、生きてる実感を得ておりますよ。そして少し安心していますとも。ジュンにきちんと上昇志向があったことにはね。……にしても、日和殿下でほぼ内定とれてるであろうオーディションに志願しますかね? ふつう」
Eveも頻繁に掲載されている雑誌で、春に五周年を迎える記念に、表紙を飾るためのオーディションを開催するのに、日和はスタッフ直々の推薦で参加することになった。ジェンダーレスであることを強調しており、男性の化粧品などもよく取り上げられていて、それによくEveはモデルとして出たり、実際にインタビューを受けたりもしていて、かなり縁の深い仕事のひとつだった。
「……あんまり、こんな機会ってない。ユニット毎の活動が当たり前になって、個人の戦いって……やりにくい、数値化しにくくなったから、ね」
「ええ、仰る通りです閣下。ジュンも自分が成長したのを示したいのでしょうが、雑誌のコンセプトからして完全に殿下のフィールドです。……勝利は、」
「……それでも示したいんだと思うよ。強くなった、立派になった、まだ敵わないとしても……だってそれが日和くんにとっていちばんの恩返しになるもの」
「まあ、当然勝つ気ではいるんでしょうけど」
「それはね。……やっぱり、男の子だから」
「男の子と言えば、このオーディションホワイトデーなんですよねぇ。本当はライブする予定だったのをズラしてまで受けていただくものがこんなことなるなんて予想もつきませんでしたよ」
「ふふ。……ジュンからのお返しなのかもね」
オーディションの締め切り前日を見計らって参加を申し出たジュンは、茨に動揺するであろう共演しているスタッフへのフォローを依頼してきた。それで茨はいま関係者に連絡するためにメールを叩いているわけだけれど、さっきから聞きつけた関係者からの着信も入り続けており、なかなか進まないでいる。
まだまだやらないといけないことはある。このオーディション参加者は全員ウェブで公開されるから、競い合うことになるふたりに不仲説が流れる前にEveでライブかネット配信か、何かしら発信の場を設けなければならない。それは先ほど日和からも指示があった。早急に、オーディションの後にファンを安心させるような場を設けるように、と。
細かく指示することが多い日和が抽象的な指示で丸投げしてくるのは珍しい。それだけ、考える余裕がなくなるぐらい、日和にとって衝撃だったのだろう。良い意味なのか、悪い意味なのか、当の本人でない茨にはわからないけれど、結局なんだかんだあのふたりは変わらずにいてくれるだろうという安心感だけは、はっきりとあるのだ。
「……ふしぎな、ふたりですよねぇ」
「──オレと勝負してください、おひいさん」
告げられたのは桜が芽吹き始めた三月の初旬、卒業式を迎えてすぐのこと。
打ち合わせが終わって、よく陽が当たるお気に入りの会議室できみだけ制服なのなんだか変な感じだね、なんて呑気に話していた時だった。朝からどこか顔が硬っていたから何かあるだろうとは予想していたけれど、脳内で候補に上げていたどれとも違う答えを、ジュンは持ってきた。
奴隷だのなんだの話していたはずなのに気がついたら成長してはっきりと自我を持って、頭はよくないのにどうしたら日和が喜ぶのか本能で理解している。意識しているわけではなくて、真摯に生きているだけで、ジュンの言動はいつも日和の胸を打つのだ。
拾った捨て犬が。立派な人間になった姿を、自分を超えることで証明してこようとするのなら、日和にとってこんなに嬉しい返礼はなかった。
「──はい。喜んで」
突然の宣戦布告に。春を告げるみたいに、花が咲くようにふわりと日和は笑った。
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