見逃してあげる|りつまお

 寮住まいになった真緒は、ますます帰るタイミングを失いがちになってしまい、日付が変わるまで生徒会室にいることもしばしばだった。英智から業務量が変わったのではなくて、単純に自分の要領が悪い、まだ慣れていないのもあるのだが。
 実際、先代にあたる英智は持病があったので主に業務をこなしていたのは敬人だった。つまり表立った仕事は英智が行い、裏であまり目立たない地味な実務は敬人といった感じで──けどそれを真緒はどちらもやっていて、気づいている弓弦には去年より負担を多くしてもらっているが、どうしても立場的にはできないこともある。
 今アイドル業界がいい方向にとてつもない速さで動いている。最前線に立っている真緒はそれをひしひしと感じていた。だからこそアイドル養成所とも言えるこの学院をよりよい環境にしたい。俺に居場所を与えてくれたように、誰かの新しい居場所になってほしい。そう思うと、まぁ多少の寝不足だったりオーバーワークだったりは、なんのその、と思えてしまうのだ。
「……うっし」
 目の前には大量の書類。教育の現場はまだまだペーパーレスには程遠い。英智のように革命を為せるような計算深さも皇帝と謳われるようなカリスマ性も持っていないから、せめて根性や体力だけは負けたくないのだ。
 こんこん、とノックの音。ついさっき忍や桃李、弓弦も帰らせたはずなのだが。教師の誰かが帰宅を促しにきたのかも知れない。どう説得させようかなあと悩みながら、はーい、と返事をした。
「ごめんなさい! まだこの書類が終わってないんで、せめて三割ぐらいは──……って、あれ」
 ひらひらと手に袋をぶら下げてやってきたのは、とっくに下向したと思っていた幼なじみたった。
「凛月じゃん」
「りっちゃんで〜す。誰だと思ってたの。いきなり手を合わせて謝罪しだすなんて……生徒会長の椅子に座る人がそんなに謝りまくるの絶対によくないからね〜? 舐められちゃう」
「それは時すでに遅しって感じなんだけど。好きなとこ座れよ。どした?」
「……うーん」
 生徒会長の机に載せられた大量の書類をじろじろと物色するように見ては、ホントは七割片付ける気でしょ、と凛月は言う。思わずどきりとして「なんで」と声に出てしまう。
「月末近いからねぇ。ゴールデンウィーク前に……って書類多いだろうし。明日明後日何か起きたときのために七割ぐらい片付けておこうかな〜まぁそしたら何もなければその分早く帰れるしな〜みたいな。合ってる?」
「…………あ、合ってる……」
 幼なじみだから他の人よりはずっと凛月は真緒を知っているけれど、でも真緒はそんなに凛月の思考回路が予測できる自信はない。それほど自分かわかりやすいのか、凛月がよくみてくれているのか。たぶん、どっちもなのだろうけれど。
「そんな無理してちゃいつか倒れちゃうよ」
「判ってるよ。でも今やらなきゃいけないことだから」 
「できなくても誰も咎めないよ」
「俺がやりたいんだよ」
 しばらく、沈黙。似たようなやりとりは何度目か判らない。呆れられているかもなぁ、と思っていたら。
「……ま、そう言うとは思ってたけどね。はい」
 差し出された袋にはエナジードリンクと、かなり見た目がグロテスクなカップケーキらしきもの、が入ってある。凛月の手作りだろう。
「無理したいんでしょ? ま〜くんみたいな頑張ってる子が、少しでも報われる学院にしたいんでしょ? じゃあ、誰がなんと言っても俺は止めない。見守っててあげる。……ううん」
 がたっと椅子を蹴る音がした。机に手を置いて真正面から迫ってくる凛月に思わず目をぎゅっと瞑るが、予想した感触はなかった。前髪のあたりをやさしく撫でられた。
「俺だけは見逃してあげるから。……がんばれ、ま〜くん」
 頑張れと言われるのは無責任だと言う人もいる。でも真緒は割と好きな言葉だった。これは自分の性質、生き様のせいなんだろうけれど、出来るから、期待しているからと言葉に込められているように響いてくる。
「……サンキュな、凛月」
「うむ。というか、ちゅ〜されるかと思った?」
「……このバカ! 思ったよ!」
「あはは。頑張ったらごほ〜びにしてあげるね」
「……え、いや、それはお前のほうが我慢できるのか……?」
「ふふん、俺はやればできる子だからね。俺も頑張るから」
「うん」
 ひらひらと手を振って、自称吸血鬼だった幼なじみは生徒会室から出て行った。
 ふう、と息をつく。下手したら朝までもあり得るかも知れないけれど。凛月にもらった頑張れは成果を出した上で元気でいることだ。応えたい。
 袋から取り出したカップケーキは、やっぱり手作りのようで、相変わらずの色味だったが甘くてやさしい味がして、少しだけ疲れが取れたような気がした。

walatte

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