太陽の体温|ジュンひよ

 高校生の地下アイドルにおける突然の脱退、解散、移籍なんてありふれたようにある。
 それが知名度が人気が高ければ高いほど、そう簡単にはいかなくなる。少なくないファンの落胆と絶望と、そしてそれが強い恨みになってしまうことだってある。
 茨がスタッフに指示を出しつつけている声が、車内でも聞こえてきた。茨らしからぬ、苛立ちを隠していない声色だ。
 カーテンで覆われたロケバスの一番後ろ、隣に並んで座るのはジュンと日和のふたりだけだ。凪沙もさきほどまでいたのだが、あっさりと茨のほうへと行ってしまった。予想外の出来事に茨も苛立ってると思うから、監視、してくるね、と物騒なことを言い残して。
 これまでが順調すぎたのかも知れない。何枚かシングルを出して、売上も好調だった。凪沙と日和というもとよりアイドルとして実績も知名度もあるふたりがいたから、接触するようなファンイベントはこれまで控えてきた。それがだいぶふたりのファンもEdenを認知してくれてきているからと、初めて、握手会を開催したのだ。
 ジュンはその少女の顔をよく覚えている。よく眠れていないのかクマがくっきり出ていて、髪はぼさぼさで、とてもじゃないけれど女の子がすきなアイドルに会いにくる容姿ではなかった。なにかに取り憑かれたようにも見える少女はじぶんの番になり、日和に一言だけ告げだのだ。
 fineに戻ってきてください日和さま。どうして! と。
 神さまにでも縋るような、祈りのように少女の声が響いた。魔法にでもかかったかのように、しんと会場が静まり返る。日和の列の別の少女がぶわっと涙を流したのも、ジュンの列にいた少女がそれらを訝しげに見たのも、すぐに少女が係員に掴まれて強制的に退場させられていくのも、ジュンにはなぜか映画のワンシーンのようにゆっくり映った。
 少女は一切抵抗しなかった。離れ際、日和がぽつりと呟いた言葉に、少女は泣いていた。
 真横の日和を見ることは、最後までできなかった。

『ごめんね』
 日和の瑞々しい声が、拒絶のいろをはっきりと示していた。
 聞いたことのない、そのいろにジュンは気づいた。結果が出さなければ同じような声で、ジュンは捨てられてしまうのだと。
 でもそれより何より、アイドルの舞台に生きがいを感じている日和がかつてのグループのファンに今の日和を否定された事実が、ジュンには悔しくてやるせなくてしょうがなかった。ジュンに、Eveの相方として実力がもっと伴っていれば、彼女はそんな思想に取り憑かれなかったかも知れない。
「……おひいさん」
 ずっと俯いたままの日和を呼んでみるが、反応はなかった。いつもはうるさいひとが静かだと端正な顔立ちも相まってすこし怖いぐらいある。
 声をかけたものの、ジュンにはこの育ちも性格も全く違うお姫さまが、どうやったら元気になるかなんてまったく想像がつかなった。たまによくわからないまま抱きしめあったりキスしたりセックスするのも、もしかしたら一時的に忘れられる、という点では悪くないのかも知れない。けれどジュンはそうしたくはなかった。逃げ場所よりは、もっと優しくて居心地のいい行為であってほしくて。
 日和の手にじぶんのそれを重ねる。ジュンより大きいのにずっと白くて細い手はいっそ折れてしまいそうな印象さえあった。
「……ジュンくん、」
 日和の声はたった数十分ぶりに聞いたはずなのに、一年ぶりぐらいに聞いたような気がした。
「おひいさん、オレ、もっと頑張って、あんたに追いつけるように……いや追い越せるぐらいの勢いで成長してみせます。こっちのほうのあんたが輝いてるって、あの子も思えるように――だから」
 べらべらとなんの慰めにもならないような言葉が出てきて、しまった、とジュンは止まった。日和はきょとんとしながらジュンの言葉の続きを待っている。
「……どうしたらあんた、嬉しいです?」
 あまりにも馬鹿で直球な質問だった。でも日和は目を丸くして、あははっ、といつのも大きな声で笑い出す。
「それを聞いちゃうの、ジュンくんらしいね。いつかは聞かずに気づいてほしいけど、まあいいや。ぼくはいまどんな気持ちだとおもう?」
「え、っと、あんまりよくない気持ちだとは思いますけどねぇ……?」
「そうだね。だから、思い切り抱きしめてほしいね!」
「えっ」
 思わず大きな声が出てしまう。さきほどそんな慰めかたはしたくないと思ったばかりだった。
「なあに? 嫌なの?」
「いや、あんたが望むことはできるかぎりやってやりたいって思ってはいますけどねぇ〜? でも抱きしめるって、なんつーか、」
「どうして? 家族だったらふつうでしょ?」
「家族」
 親愛を込めて、日和のいう抱きしめるとは家族のする行為を指しているらしい。たまにしている行為が脳裏に過ぎって、完全に親愛とは言えない意味による行為として捉えていたじぶんの顔が熱くなる。
「ジュンくん?」
「いや、なんでもねぇです。はい、」
 するりと日和の背中に手を回す。あたたかい感触にジュンはなぜかホッとする。そのまま背中を擦ると、くすぐったそうな声が漏れた。そういえばこのひとこういうの敏感だった、と思い出す。あはは、ジュンくんてば、やりすぎだね、と笑う日和の声は、ジュンの勝手な思い込みかも知れないけれど、いつもの日和に戻ってきているような気がした。
「いつか、あの子も笑顔にできるといいね」
「……できますかねぇ?」
「ぼくときみがもっと成長すれば、きっとできるね! 世界に愛と平和を永遠に、それにはもちろんあの子も含まれているから」
 たぶん、あの少女の言葉に日和は少なからず傷ついた。それでも日和のいう愛と平和のある世界にあの子は含まれていて、怨みを知らない日和らしい。じぶんにはとうていできない発想で、単純にすごいなあ、と思う。
「あんたらしいですねぇ……えらいえらい」
 背中に回していた手を日和の頭に持っていって撫でてやると、パーマのかかったやわらかくて猫の毛みたいな髪がくしゃくしゃ揺れた。日和がまたびっくりして、ぼく頭撫でてもらったのほんっとうに久しぶりだね! とだいぶおもしろかったのか涙が出るぐらい笑っていた。

walatte

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